辛い時は、耐えるよりも頼りたい(2)

『深沢さん。すみませんが、そろそろ中間試験期間になりまして。お風呂、少し遅くなると思うので先に入りたかったら連絡ください』

『お風呂の時間、関係あるの?』

『勉強したあとに入りたいので、後回しにしようかな、と』


 二人で買い物を済ませた数日後。

 学校から帰宅したのち、僕は深沢さんに今後のスケジュールを送信した。

 うちの高校はガチ進学校と呼べるほど成績が高いわけではないが、極端に低いわけでもない。


『頑張ってね葉山君。あんまり夜更かししすぎないように』


 そういう深沢さんも、あまり夜更かしし過ぎないように。

 と、書こうとしたけど、彼女の生活リズムに口出ししてる気がして遠慮した。


『ありがとう。程々に頑張るよ』


 軽く挨拶を交わし、部屋で一息つく。


 試験は、あまり好きじゃない。

 元々僕はプレッシャーのかかる出来事が苦手で、試験はその最たるものだ。

 まあ想定外の高得点が取れた時とか、難問を解けた時の、できた! っていう感覚それ自体は嫌いじゃない。けどやはり覚えることも多く、緊張しながら机に向かうあの感覚を、自分で好んでやりたいとは思わない。


 とはいえ、ダダをこねても試験がなくなる訳でもないので、仕方が無い。

 とりあえず数学から始めようかな、と席についた。




 ――黙々と数式を解きつつ、まあ、言わなくても深沢さんなら邪魔しないだろうな、と何となく思う。


 漫画やドラマの勉強会といえば、可愛いヒロインと一緒に、というのが定番だ。

 しかも同居中の相手。

 男の僕が勉強を教えつつ仲良くなる、なんて安易な展開が浮かぶが、僕と深沢さんはそういう関係じゃない。


 代わりに、騒音やノイズもない。

 それがいい。

 沈黙のなか黙々と課題に集中し、ちまちまとペンを動かした。


*


 息をつくと夜十時を回っていた。

 数学のノートを閉じ、背伸びをして身体をほぐす。


 ちなみに僕は、科目としては理数系のほうが好きだ。

 大元の公式や意味を理解していれば応用して解けるぶん、記憶する量が少なくて済むし、うまく解けた時は難解なパズルをクリアしたような面白さがある。

 本好き、漫画好きだからといって国語が好きという訳でもないのは、あるあるだと思う。


 手のひらをもんでマッサージをしつつ、ふと、小腹が空いたなと思った。


 今日は帰宅が早く、また夜から勉強しようと思って夕飯を早めに取ったのが仇になった。

 ……けど、今からコンビニに行くのも面倒くさい。


 部屋を出たのは、口寂しさを紛らわすためだった。

 お茶をレンジで温め、胃に入れれば多少マシになるかなとキッチンに向かい、でもやっぱり何か欲しいな……なんて考えていた時に、それを見つけた。


 調味料や小物が置いてある、いつものテーブルに、ちょこん、と。

 お湯を注ぐだけで完成する、インスタントお茶付けカップが置かれていた。


 もちろん僕が買った覚えもなければ、夕食時に置かれていた記憶もなかった。

 深沢さんの夜食だろうか?

 美味しそうだけど、お菓子を愛する深沢さんにしては渋いチョイスだなと眺め、カップ下に挟まれたメモに気づいた。


【お湯はポットに入ってます】


 何のことかと思い、すぐに理解した。

 勘違いしていたが、どうやら僕宛の夜食であったらしい。


 ……嬉しいけど、一言メッセージをくれたら、僕もお礼を言えたのに。

 ああでも多分、試験勉強の最中にメッセージを送って、集中力を途切れさせたくなかったのかもしれない。


 深沢さんらしいなと思いつつ、僕は自身の空腹に従い、ありがたく頂くことにした。

 それからメッセージでお礼をしようと思ったが、時間も遅いし、折角なら僕も紙でお礼をしようと思う。


 ペンを取り、深沢さんのメモ用紙をくるりと裏返し、お礼を書こうとして――


【冷蔵庫にある梅干しを乗せると美味しいです きざみ海苔もいいです】


 裏にもメッセージが書いてあった。

 なんで裏なんだ、とつい笑ってしまった僕だったが、確か美味しそうだなぁと思い、カップに湯を入れ冷蔵庫の瓶詰め梅干しを添える。

 その上からぱらぱらと袋詰めのきざみ海苔をふりかけると、ふんわり立ちのぼる湯気と相まって、インスタントのお茶漬けがとても豪華な一品に見えてきた。


 最近、一人暮らしの時よりご飯のバリエーションが増えたと思う。

 梅干しを自前で買おうなんて、考えたこともなかった。

 温野菜をシェアしよう、とか考えたこともなかったし、弁当につけるドレッシングも深沢家に来てから種類が増えた。


 どれも、些細なこと。

 けど、僕にとっては新鮮なこと。

 お茶漬けのカップを部屋に持ち込み、ふやけた白米の乗せられた梅干しを口に含むと、きゅっとした酸っぱさが絶妙に舌に絡んだ。

 瞼を閉じて堪能したのち、両手を合わせて、頂きます、と。





 そうして綺麗に平らげた後、箸と空きカップを片付けるついでに、テーブルにメモを残した。


【ご馳走様でした。とても美味しかったです。梅干し、いいですね】


 これで伝わるだろうと思いつつ、伝わったときの深沢さんの顔が見れないのがちょっと残念だな、と惜しく思った。





 翌日。学校から帰宅すると、食器棚横にある食品棚にお茶漬けのカップが増えていた。

 まとめて買ってきてくれたらしい。


 深沢さんからの返信は、特にない。

 けど、見えないところで彼女が配慮してくれてるんだなと想像するだけで、ありがたく。


 試験を頑張ろう、と、気合いを入れるには十分だった。

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