距離は取るけど、趣味が近いところは仲良くしたい(5)
webカメラを切り、葉山君との通信をオフにする。
密かに緊張してた私は「あ゛ぁ゛~~」と、人様には決して聞かせられない悲鳴をあげながら、ベッドに仰向けで倒れ込んだ。
その拍子にコントローラーが滑り落ち、画面のなかで立っていた主人公が勢いよく滑落していく。
慌てて拾い一旦セーブしてから、もう一度ぼふんとベッドに倒れ込んだ。
いつの頃からから覚えてないけど、他人と話をするだけで死ぬほど疲れる性格だった。
他人に声をかけられる。目を合わせる。睨まれる。見られる。噂される……。
その度に私は自分がおかしな笑い方をしてないか、とか、頬を引きつらせてないかと神経をいつもいつもすり減らし、ヘンなことばかり考え頭がぱんぱんに膨れ上がってしまう。
卑屈に背を曲げ、いつも誰かに見られてるような気がして隠れるように歩き、そのうち他人の顔を見るのも目を合わせるのも嫌になって、気づけばこうなっていた。
もちろん、両親の覚えがいいはずもない。
とくに、お母さんは世間体を気にするせいで、色々――……
そんな私が”結婚法”に申し込んだのは、もちろん母の圧力だ。
他人と顔を合わせないから、あんたはダメになる。
私の年齢なら学校に通うのが”普通”で、クラスメイトと友達になるのが”普通”で、嫌なことがあっても頑張って仲良くなっていくのが”普通”でお母さんもそうしてきたのにアンタはなんで甘えてるの、と死ぬほど言われた。
”結婚法”は私の性根を矯正するチャンス、というのが、母の言い分だ。
そのためにシェアハウス型を選んで共同生活をしなさい、本当に結婚するんじゃないんだし、って……。
一対一型の申請書を出したのは、もちろん、わざとだった。
集団から腫れ物扱いされて針のむしろになるくらいなら、一人の方がまだいい、という私の心が気づけばその道を選んでいた。
もちろん、一対一でも本音を言えば絶対に嫌だった。
しかも私は色々あって一人暮らしなので、相手が……あんまり考えたくないけど、アレな人だったら最悪だとずっと思って、前日まで苦しさのあまり全然寝れなかったし、ご飯もろくに喉を通らなかった。
唯一の友達からも、何度も心配されたほどだ。
けれどそんな私の予想と違って、いまの状況は考えていたときより、ちょっと……。
ううん。だいぶ、違う。
”結婚法”という台風のなかでずぶ濡れになるかと思ったら、相手にこっそり傘を差し出され、大雨のなか二人でひっそりと嵐が過ぎるのを待っているかのような。
バス停で、来もしないバスを、黙って二人で待っているような。
……なんて、ちょっと詩的な表現になったけど、葉山君の距離感にはそういうものを感じる。
聞きたいことは、沢山あるはずだ。
「なんで一人暮らしなの」、「なんで結婚法に応募したの」、「女子一人で男を家に入れるってヤバくない」、「学校行ってないの」。
少なくとも私なら気になって仕方がないことを、葉山君は聞かないし触れてこない。
だから私は葉山君と同居しているけれど、最初の頃ほど緊張しなくて済んで……。
少しずつ言葉もくだけて、いまでは、ちょっとした友達のような言葉遣いもぽろっと零れてしまう。
……前、うっかりパジャマのまま外に出た時だけは、恥ずかしそうに顔を背けられてしまったけど。
ころん、とベッドで転がり天井を見上げる。
何もせずぼーっとする時間があると、疲れ切っていた意識がゆっくりとほどけていくようで、好き。
けど、葉山君にゲームについて聞けて、良かった。
ううん、それに限らずちょっとしたことを相談できるって、すごく、いい。
……と、ひとつ息をついていると、スマホが震えた。
着信の効果音から相手はすぐに分かったので、画面をスライド。
『ひまりー、元気? 生きてる? そろそろ日程立てたいんだけど』
文面からでも明るさが滲む相手は、私の唯一のネット友達。
一昨年から仲良くなり、ある意味で私の生命線である彼女は性根がもうめちゃくちゃ明るくて、行動力があって、今日もばっちり元気なようだ。
……ところで、日程って何?
何? と返すと、彼女は笑顔とサムズアップのスタンプを返して、
『ひまりん家にリアル遊びにいく計画。あ、再来週にもう新幹線のチケット取っちゃった。ホテル代ないからよろしくね』
「へ? え、ちょ、待っ……!?」
いきなり何言い出してんの、この子?
いやもともと行動力の化身だけど、だとしてもあの子の家、大阪なんだけど!?
がばっとベッドから起き上がり、けど、どんな返事をしたら良いのか浮かばず固まってしまう。
スマホを握りしめ、とりあえず『止めて』と言おうとして、けど。
新幹線って、キャンセル料かかるっけ?
チケットまで買ってくる相手をいきなり追い返すって失礼じゃない?
彼女には、私も凄くお世話になってるし。
「う、あ、うぅ……」
金魚のように口をぱくぱくさせ、ベッドの上を惨めに、ごろごろ。
過呼吸になりそうなほど青ざめながら、断らなきゃあ……と思うのに私の引き延ばし癖が悪さをしてぐずぐずと返信が遅れてしまい、彼女から一方的に『よろしくっ』と挨拶が届く。
と、とりあえず。
あの子は一度動き出したら爆走する機関車なので止めるのは諦めて、一旦、葉山君に相談を。
――『葉山君、すみませんが、ご相談がひとつあります。その、うちに友達を』
書いて、慌てて消した。
ダメだ、ダメ。
人と深く触れるのが苦手、とはっきり口にしている葉山君が、私の友達だからと他の女子を連れ込んだらいたたまれなくなるのは目に見えている。
しかも彼女は私と違って、ぐいぐい来るし。
……そこまで、迷惑はかけられない。
ここはきちんと、断らないと。
……って、思いはするんだけど。
「まあでも、来る予定、来月って言ってるし……もうちょっと返事を待っても……」
スマホを放り出してベッドに突っ伏し、水泳のバタ足みたいにじたばたする。
優柔不断すぎる自分が情けなくて、結局はどっちかにお願いするしかないんだろうと頭では分かっているんだけど、つい返事を後回しにしてしまうのは私の悪い癖だ。
本当、ごめんなさい。
ダメだなあ、と溜息をつきながら転がり、ベッドから落ちて「わっ」と悲鳴をあげる。
絨毯の上にひっくり返り、仰向けに転がったまま、眉を寄せて考える。
……まあ。
もうちょっと時間あるし、相談はあとでもいいよね?
と、私はいつもの保留癖を発揮してしまい考え事を後回しにする。
もちろんその結果は、後で思いっきり返ってくることになる。
後悔先に立たず、とはよく言ったものだと思うのだけど、その時の私はそこまで考えが至らず、友達にも葉山君にも黙ったままとりあえずゲームの続きをすることにした。
一人で気楽に遊べるのって。
やっぱりすごく、楽で、いい。
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