距離は取るけど、趣味が近いところは仲良くしたい(4)

『深沢さん。そのゲームは全体的に、序盤の難易度が高めです。最初に慣れるまで大変ですね』

『そ、そうなの? みんなすいすい遊んでるから、私が下手なのかなって』

『大丈夫です。僕もかなりボコボコにされましたので』


 実況動画を見てると簡単そうに見えるが、実際に自分でやると数倍も難しいのがアクションゲームだ。

 けど、それを乗り越えるとすごく楽しいよ、とコメントを返す。


 とはいえ、初心者にとってあのゲームはハードルが高い。

 聞けば、深沢さんもゲーム自体はするがアクションは得意ではないらしい。


 ……助言しようか。

 けど、楽しんでるのに横から口出されるのも嫌だろうか? とスマホとにらめっこしていると。


『葉山君。お願いがあるんだけど……助言、貰ってもいいかしら。あ、これは私の方からお願いしてるから、遠慮しなくていいので』

『分かりました。ネタバレしないよう、簡単なところから』


 笑って了解したのものの……

 助言するのは良いが、どうやって?


 いくら同居してるといっても、彼女の部屋にお邪魔するのは気が引ける。

 かといって自分の部屋に招くのも、微妙な空気になるだろうし。


 リビングにもテレビはあるし、そちらに接続して説明しようか。

 けど何となく、深沢さんと自分が隣同士で仲良くゲームしている構図が思いつかないし、彼女だって年頃の男が隣にいるのはプレッシャーになるだろう。


 ……素直に、聞いてみるか。


『深沢さん。助言はしたいんだけど、そっちの部屋に上がり込むのも失礼だと思うので、このまま、メッセージ上のアドバイスで良いですか? 伝わりにくいかもしれないけど、頑張るので――』

『あ、待って。いまdiscordで画面共有するね』

『え?』


 すこし待つと、Discordアプリの端に、ちょこん、と深沢さんの存在を示すアイコンが点灯した。


 アイコンをタップして――

 画面いっぱいに彼女が現れて、どきりとする。


 webカメラの位置を、テレビに向けて調整する深沢さん。

 その作業をしている彼女は気づいていないが、画面に映り込んだ深沢さんはちょうど僕から見て真正面、首から下の姿をきれいにアップで表示していた。


 ラフな白シャツが彼女の女の子らしい部分を柔らかく、けれどハッキリと主張するように映され、僕は慌てて目をそらした。

 それでも瞼の裏に焼き付いたものは振り払えず、――僕だって男の端くれだ。

 普段は猫背ぎみなせいで目立たないけど、平均より一目で豊かだと分かるそれを意識せずにはいられない。


 ……油断しすぎだ、と、邪な感想を抱いた自分自身を諫めるように、こほん、とわざとらしい咳払い。


『葉山君。見えてる?』


 はい。色々と。

 ……まあ、今のは事故だ。

 彼女が気づいてないなら指摘するのも野暮だし、自分がそういう目で彼女を見たと知られれば嫌悪の目を向けられるであろうから、黙っておこうと思う。

 共有してるのが映像だけで、音声がOFFになってて良かったと思う。


『大丈夫です。見えてますよ深沢さん』

『よかった』


 逸らしていた目をもう一度向けると、今度はきっちりテレビ画面と、横に座る深沢さんの背中が映し出されていた。

 カメラ越しで解像度は低いが、十分。


『それで、コレなんだけど……』

『すみませんが、拝見させて頂きます』

『そんなに改まって言われると、こっちも恥ずかしいかも……』


 緊張のせいで、送ったメッセージが妙に敬語になってしまった。

 彼女がちまちまとプレイする様子を、スマホ越しに眺る。


 ――正直に言えば、彼女はいうほど下手ではなかった。

 アクションは不得意らしいが、ゲームそのものには手慣れている。


 ダメージを受けると「あっ」と可愛い悲鳴をあげ、身体ごと右に傾いたり。

 敵の集団めがけ、このっ、と突撃してはボコボコにされている時もあるが、言うほど悪くはない。

 単に序盤で、操作が追いついてないだけだ。


『深沢さん、そこまで問題ないと思いますよ。ああ、もしジャンプボタンのBとXが逆がいいなら、オプション設定で変更できます。カメラ設定のリバースも出来ます』

『あ、そうね。なるほど……でも私、こんなにボコボコやられて下手じゃないかしら』

『僕も同じぐらいやられました。最初、塔の降り方がわからなくて墜落したし』


 突発的な事故も含めて楽しいゲームだよと送ると、深沢さんがカメラの向こうで恥ずかしそうに頬を掻いた。


『そ、そう。でも私、こういうプレイの仕方、下手っていうか、普通じゃないかなって』

『変でもいいじゃないですか。ゲームですし』

『……そう、ね』

『むしろ普通じゃない方が面白いですよ。他人と競うゲームでもないし、失敗したらチームに迷惑をかけるものでもないし。自分が楽しければ、下手でも自由に遊んでいいのが、そのゲームの魅力だし』


 改めて言うことでもない、とは思う。

 が、あえて伝えた方が良い気もして、丁寧に文章をしたため送信して、――僕は些か、失敗したことに気づく。


 普段、僕らのやり取りはスマホ越しの文面のみだ。

 お互いに顔は見ない。見えない。

 対面を好まない僕らはお互いの感情を秘めたまま、相手に晒さないよう丁寧に接している。


 けど、いまは実況画面の端に深沢さんが写っている。

 音声はOFF。

 それでも、深沢さんが僕の返信に目を通し、うっすらと唇の端をつり上げ。

 嬉しそうに頬をゆるめ、リラックスしている姿を一方的に見せつけられると、……妙に、心がむずむずした。


 人の感情というものを、表面で判断してはいけない、とは思う。

 けど、カメラに写ってることも気づかないまま、瞳を細めてニコニコしてる深沢さんの横顔に、嘘の色は欠片もなく。

 一方的に見ているのは僕の方なのに、なぜか、僕の方が見てはいけないものを見てしまったような後ろめたさと、同時に何となく心がふわっとするような温かさを覚えて、スマホから目を離す。

 いけない。

 何かいま、宜しくないものを目の当たりにしてしまった気がする。気のせいだろうか?


 画面共有を解除し、あえて丁寧なメッセージを送る。


『まあ、ですので本当に、深沢さんの好きに遊んでいいと思います。自分の部屋で、自分で一人楽しんでるのを邪魔するな人はいないので。何なら、コーラとポテチを持ち込んで夜通し遊んでもいいですし』

『背徳的ね』

『背徳的だからこそ、楽しいかなって』

『葉山君もそういうことするの?』

『してみたい、とはたまに思うかな』


 仰る通り、背徳的すぎて実践したことはない。

 高校生にもなって恥ずかしいが、自分が悪い子になったようで、どうにも。


『じゃあ、やってみたら良いじゃない。私は気にしないし。たまには、二人で夜更かし魔神になりましょう。……夜更かしのコツ、教えてあげましょうか』

『コツなんてあるの?』

『人にはそもそも、朝方と夜型があると思うのよ。朝は早起きした方が健康にいい、なんて嘘だと思う……』


 全然コツではなかったが、妙に自慢げな物言いがおかしくて、笑ってしまった。

 彼女に親指を立てるアイコンを返す。


『あまり人のゲームを覗き見するのもアレだし、そろそろ落ちるね。じゃあ、また』

『うん。……あ、いつの間にか画面共有切ってたのね。ありがとう、葉山君』

『いえ。また質問あったらDiscordに投げといてね』

『うん』


 そうして僕はアプリを落とそうとして。

 終わり際、ぴこん、と彼女の声が届く。


『ほんとに、ありがと』

『別に、そんな感謝されることじゃないよ』


 むしろ、嬉しいものを貰ったのは、僕の方のような気もするし。


『ううん。ゲームの話だけじゃなくて。細かいことを、笑わず相談に乗ってくれることに対しての、お礼……かな』


 最後に、照れ隠しのように『ごめん忘れて』と付け加えて、会話は途切れた。

 僕は、……またもちょっと驚きながら、黒背景に残された簡素なメッセージを、何度か眺める。


 笑わずに聞いてくれることに対しての、お礼、か。

 ……それは、僕も彼女に言いたいことだ。


 普段から放っておいてくれて、けど必要な時は声をかけてくれるの、いいよね、と。

 自分からも返そうとしたが、途中で照れくさくなって全部消し。


 代わりに『続き頑張ってね』と無難な言葉を返してから、予定通りに小説を開く。

 けど、その日はどうも、あまり内容が頭に入ってこなかった気がした。

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