距離は取るけど、趣味が近いところは仲良くしたい(3)
そのメッセージは彼女にしては珍しく、饒舌だったなと思う。
『葉山君に、うまく伝わるか分からないけど……物語に対する感想って、人それぞれ、あって。私はこのシーンがとても好きだけど、相手は違うシーンが好きだったり、私が惹かれたところを全然気にしてなかったり。……それで、ああやっぱり違うな、って思うことは、よくあって。けど、それを相手に合わせて喋るのは、疲れます』
ごめんなさい。
なんか、うまく言えませんけど。
合間に謝罪の言葉を挟みながらも、彼女らしい言葉遣いがアプリに並んでいくのを眺めつつ、僕は……
何となく嬉しくて、口元を緩ませていた。
彼女の言いたいことが、何となく分かるからだ。
自分だけの感想を持ち。
自分だけの気持ちを抱き。
今はこれを大切にしたい、浸りたい、心地良くありたい――口の中でそっと飴玉を転がすように、一人で楽しみたいと思っている最中に、他人が足を突っ込み「どうだった、面白かった?」と無理やり尋ねてくるのは。
気持ちは分かるが、土足で踏み入られたような感じがして、僕も苦手だ。
『なので、葉山君。そうなっちゃうと、なんか、素直に作品を楽しめなくなる感覚がある、かなと』
『分かります。例えるなら、国語の読書感想文みたいなものかな。本を読んで感想を求められてるのに、つまらなかったら、と感想を書いたら怒られる。それが嫌だっていう』
『です、です』
『つまらない本を読んだなら、つまらなかった、でもいいと僕は思う。けどそれだと、貸してくれた人に申し訳なくて。かといって嘘をつくのも辛いから、そもそも感想って言いにくいっていうか』
だから最初から黙っておく。
最初から感想を求めず、自分が楽しめればそれでいい――というのが彼女のスタンスであり、僕も同意するところだ。
別に、同じ作品が好きだからといって、同好の士のように盛り上がる必要もないし、必ず輪を作る必要も、ないはず。
『ありがとうございます、深沢さん』
『え、ええ……? お礼されるようなことは、別に』
『いえ。こういう話をすると、面倒くさい奴だなと思われそうなんで、普段は言わないんですが。深沢さんならきちんと聞いてくれそうかなと思ったし、丁寧に返事をしてくれたので助かります』
『それは、こっちこそ』
スマホの向こうで、彼女がぺこぺこ頭を下げているのが見えるようだった。
同居を始めたのは、本当に偶然だけど――相手が、彼女で良かった。
ついでに、お礼のメッセージを付け加える。
『ああ。ただ、感想は伝えませんが、すごく面白かったのは本当です。ありがとうございます』
『ぅ。よ、良かった、です』
『これは本の感想でもあるけど、深沢さんへのお礼でもあるので』
『べ、別に。たまたま音楽が聞こえたから、貸したら喜ぶかなって……』
『深沢さんって、じつはすごくお人好しですよね。凄く、いいなって思います』
さっき、あなたがコップを洗ってくれたように。
感謝を改めて返すと、ぱたりと返事が途切れた。
……?
何か、彼女を困惑させるようなことを口にしただろうか。
『深沢さん? すみません、余計なことを言いましたか』
『いえ。……いえ。ごめんなさい』
『え?』
『ちょっと、びっくりして』
何に、だろうか。
僕は普通のことしか話してないはずだけど。
『私は、私みたいな人間なんて、宇宙に絶対一人しかいないだろうって思ってたので。……ちょっとでも、分かってくれる人がいると思うと不思議で』
宇宙に絶対一人とはスケールのでかい話だなと思うが、確かにこういう話を理解してくれる人は少ないだろうなと思う。
僕も、似たような感覚を持ってはいるし。
もしかしたら僕らは本当に、似たもの同士かもしれないな、と、つい笑みがこぼれてしまう。
『まあ本当、ありがとうございます。……ああ。もし良かったら、僕からも何か貸しますよ』
『いいの?』
『といっても僕は趣味が広い方ではないし、あんまり多くは持ってないけど……』
漫画は電子書籍で買ってしまうので、彼女には貸せない。
アカウントごと貸すのは不可能ではないけど、彼女に自分の本棚リストを公開するのはいろんな意味で勇気がいる行為だった。
そう考えると、僕が彼女に貸せるものって、無いかも……?
『じゃ、じゃあ、葉山君。あれ。あれ持ってますか』
『何でしょう』
『私よく配信見るんだけど、この前推しのVが遊んでたゲームなんだけど』
彼女のいう『アレ』とは、最近発売された超有名なアクションRPGだった。
空から地底まで広がる広大なフィールドを、緑の勇者が剣や盾やアイテムを使って攻略し、時にメカメカしい機械をビルドして魔物を爆殺したり時間を巻き戻したり、微妙に腹立たしく「ちょっと疲れちゃって、全然動けなくてェ……」とのたまう迷子の葉っぱを友達の元まで連れて行くゲームである。
『ああ、うん。パッケージで持ってるよ。借りる?』
『葉山君が良ければ』
『ああ、けど前作は遊んだかな。これ単体でも遊べるけど続編ものだから、前作を遊ぶとより楽しめると思う。難易度も、前作のほうが簡単だし』
『そうなの?』
『一度触ってみるといいよ。合わなかったら、すぐ返してくれてもいいからさ』
自由にどうぞ、とメッセージを付け、僕はゲームソフトを本体ごとリビングに運んだ。
そのうち取りに来るだろう、とすぐさま部屋に戻り、少しすると、カタンと室外で物音がする。
持って行ったかな、と思っているとすぐ『ありがとう』のメッセージが届いた。
いえいえ、と僕も返す。
僕は彼女に少しでも協力できたことを喜びつつ、彼女から借りた本をもう一度開き直す。
静かだけど楽しい休日は、そうしてゆっくりと過ぎていき――
『ぜんぜん勝てないんだけど』
お昼が過ぎた頃、彼女から悲痛なメッセージが飛んできた。
ああ、あのゲーム。
みんな楽しそうに遊んでるけど、じつは難易度が高いからな……
と思いつつ、くすっと笑ってしまったのは彼女に失礼かもしれない、と思った。
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