気遣いも、時には過ぎると恥ずかしい(1)
「で、実際どうよ葉山。同級生女子との同居」
深沢さんと暮らし始めた翌朝、登校して早々に隣の席の男子が茶化してきた。
僕が”結婚法”の対象になったことは知られており、やんわりと注目の的になっているのは理解していた。
特に何もないよと応えるも、オタク仲間の山井に続き、普段から仲良くさせて貰ってる男子の面々にわいわいとつつかれる。
「俺も女子と一緒の部屋で暮らしてぇ。完全に合法エロじゃんそんなの。なあ、春日部?」
「いやー、山井じゃ無理だろ。結婚法に選ばれる相手って、普段の生活態度や授業できちんとしてる人らしいし。葉山君は真面目だから選ばれたんだよ」
「いくら真面目でも、男なら誰だってエロいだろ普通。で、葉山。その子可愛い? どう?」
「……正直、ただ同居してるだけだよ。他の噂は聞いてるだろうしさ」
”結婚法”で同居を始めたのは僕だけではない。
SNS上でも法案の対象になったと思わしき人のコメントは日常的に拾えるし、動画サイトなどでも実態が明らかになりつつある。
ネット受けしそうな極論を除けば、多くの感想は民泊というか、ホームステイの国内版に補助金がついたようなもの。
まあ家族がいるんだから当然だろ、と誰かが突っ込むと、山井が溜息をつく。
「んなの分かってるけど、夢があるだろ夢がさあ。相手の親がいない間に二人きりで、とかないの? 葉山ぁ」
「漫画やアニメの見過ぎだよ、それ」
しれっと嘘をついた。
SNS上での話は沢山あるが、じつは親不在で同居してる例は、昨日調べたがほぼ見当たらなかった。
が、それを話せば余計な勘ぐりをされるに決まっている。わざわざ口にすることでもない。
そもそも僕らの関係は、彼等が期待するものとは程遠い。
相手に関わりすぎず、迷惑をかけない。
互いの自由を束縛せず、必要があればチャットアプリで連絡する――社会におけるビジネスパートナーのような関係こそ、僕らが結んだ約束だ。
なんて考えていると、ポケットのスマホが震えた。
深沢さんからのメッセージが、
『すみません』
とだけ、届いていた。
次に続く文章を、一生懸命に考えてるのかなと眺めてると、ぴこん、と続けて。
『聞いてもいいか、分からないのですけれど』
『どうしました? ああ、深沢さん。敬語はなくても大丈夫ですよ。あと、僕のことは葉山君でも好きなように呼んでください』
『う、うん。じゃあ、葉山君』
まだお互い探り合いながらの会話だな、と苦笑していると、深沢さんがようやく案件を語り出した。
『それで、いま私は家にいて。朝の片付けをしてたんだけど……そういえば、洗濯の話を、してなくて』
『洗濯?』
『私のは、もちろん、自分でするけど。ただもしかしたら、葉山君のも一緒にしたほうがいい、のかな……って。洗濯機を二度回すのもあれだし、葉山君は学校に行ってるなら、その間に乾燥機くらい回せるけど……』
『それは、んー』
食事も掃除も別ですると決めたが、洗濯。
まあ一緒にやってしまった方が楽ではある、が。
『深沢さんの負担にならない?』
『ううん。大した手間じゃないし、乾燥機に入れるだけだけど。ただ』
『ただ?』
『……ほら。ええと』
深沢さんが言いよどみ、けれど文面に起こさないと伝わらないと考えたのだろう。
アプリの下の、入力中、という文字に続き、
『葉山君の、……そのぉ。し、下着、とか……? も、私が、触っていいのかな、って』
僕はスマホを見つめたまま身体が固まり、そこで朝のHRが始まった。
先生の挨拶が、右から左へと素通りするなか、ああそうか、と想像する。
深沢さんが僕の洗濯籠に手を伸ばす。
それはすなわち、同級生の子に自分の服のみならず、下着にまで手を出されるということだ。
想像すると、何となくもやっとしたというか、恥ずかしさがこみ上げてくる。
……僕が神経質なだけか?
一般的な家庭では、母親が息子の下着を洗うなんて普通のことだし……って言いたいけど、やっぱ違う。
親に頼むのと、同年代の子に自分の下着を洗濯してもらうのでは、中身は同じでも意味がまったく違う気がする。
気恥ずかしさ、というか、してはいけないことのような気がする、というか。
悶々としてる間に、深沢さんも悩んでたのか追加で、
『へ、変なこと聞いてごめんなさい。でもせっかくだから一緒にと思って……でもそうしたら私、葉山君の部屋に洗濯かごを取りに入らなきゃいけないし……葉山君の部屋に、勝手に入るのはよくないと思うし、それに人様の下着を勝手に扱うなんて、逆の立場で考えたら恥ずかしいなあって思って。けど同居してて私が家にいるなら、洗濯籠を部屋の前に置いててくれたら、それくらいはした方がいいのか、わからなくて』
続くメッセージから、彼女の真面目な性格がよく伝わる。
彼女なりに僕との同居生活を良いものにしようと考え、僕に確認を取ったのだろう。
けど、その時の僕はつい、気恥ずかしさが前に出てしまった。
『大丈夫。自分でやるので、深沢さんは気にしないでください』
『ごめんなさい、余計な質問してしまって』
『いえいえ』
そこで一時間目の授業が始まり、スマホを鞄に戻した。
その授業の合間に、僕は返事に失敗したことに気づく。
……せっかく、相手が配慮してくれたのに、お礼の一つもしてないのはダメだろう、と。
一時間目が終わり、僕はすぐさま返事をする。
『深沢さん。洗濯の件、気にかけてくれたこと、ありがとうございます。今回は断りましたけど、相談してくれたことはすごく嬉しいです』
きちんと合意を取ってくれることは、僕にとってとても有難い。
そのことに対するお礼を、きちんと相手に伝えるべきだろう。
『いえ。こっちこそ余計なお世話を。ごめんなさい、葉山君』
『それが余計なお世話かどうかかは、こうやってお互いメッセージをやり取りしないと、分からなから。なので、聞いてくれてありがとうございます』
『……なら、良かった、です。あと葉山さんも敬語はなくて、大丈夫です』
『分かった。ありがとうね、深沢さん』
『ん』
……ん。
ん?
とは何だろう。
ぱちぱちと瞬きをしてると、
『あ、ご、ごめん。……ネットの友達と挨拶する時、話の終わりって意味で、ん、で挨拶するのが癖になってて』
そこに彼女らしさが垣間見えた気がして、つい、頬が緩んでしまった。
価値観を押しつけられるのは嫌だけど、適当な返事をしても許されるくらいの会話はありがたい。
せっかくなら、そういう価値観は取り込んでいっても、良いかもしれない。
試しに返事をしてみる。
『じゃあ僕も、ん』
『……ん?』
『癖でいいなら、僕らも使ってみようかな、と。嫌だったら言ってね』
『大丈夫です』
『じゃあ適当にね。気になったら言ってね』
『ん』
『ん』
きちんと相談する姿勢は大切だけど、同時に、間違えてもくだけても多少許されるような気楽さも欲しい。
それが許される関係だとありがたいなと思いつつ返事を終え、僕はつぎの授業に備えて教科書を取り出した。
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