第109話 単独任務と冬の森

 数日後。


 朝からヴァイスは、まるでキャンピングカーのように魔改造された馬車に揺られ。

 ローデンブルックの南東に伸びる縦に細長い森の中を進んでいる。


 しかも珍しく一人でだ。

 本人は気が付いていないが、時間経過とともに独り言が多くなりつつある。


 「やっぱり、ここは暗くていけないな。少しは間伐すればいいのに……」


 彼が進んでいる道は森の中を綺麗に縦断する一本道なので、まず迷う事はない。

 だが、鬱蒼うっそうと生い茂る木が頭上を覆ってしまい、上を見上げても空の様子を伺う事が出来ない。


 つまり退屈なのだ。


 さらに悪い事に、朝からどんよりとした灰色の厚い雲が空を覆っていた。

 朝食を食べてから2、3時間は経過しているので、午前10時ぐらいになっているはずなのだが、まるで夜のような暗さだ。


 時折、吹く強い風を森の木々が遮ってくれるのは助かるのだが、そのたびに木々が激しく揺れ煩いやら怖いやら……。


 そのような場所へ、ヴァイスが一人で何をしにやって来たかと言うと、ベレットが冒険者ギルドから引き受けて来た依頼を遂行するためでる。


 依頼内容はこの森の南端で目撃されたリザードマンの調査。

 その個体数と生息地を報告する必要がある。

 期限の猶予は残り3日。


 一見すると簡単な依頼のようだが、期限が迫っている事から人気の無さが伺える。

 では、なぜ人気がないのかと言うと、科学が発達していないこの世界では、証拠を残す事が困難だからである。

 スマホやデジカメがあれば、パシャリとリザードマンの姿を写真に収めれば依頼完了である。

 なんなら、足跡の写真だって構わないかもしれない。


 しかしこの世界にそのような便利な道具は存在していない。

 例え存在していたとしても、とんでもなく高価な魔道具に違いない。


 では、どのひょうにすれば良いかというと、調査対象が存在するという物的証拠を持ち帰るのが確実な方法である。


 リザードマンであれば鱗や爪、牙とかになるのだろうが、簡単に生え変わって、そこら辺に落ちているとは思えない。

 次に候補にあがるのが間接的な証拠として、糞や食べ残された動物の死骸を持ち帰る方法。

 これならば現実的かもしれないが、この世界ではDNA鑑定が出来ないので、やはり証拠としては不十分であろう。


 ではどのように調査を終わらせるのか?と言うと、大半は口頭での報告である。

 しかしそれでは嘘をつく者が後を絶たないので、大抵の調査依頼には付帯条項が記入されている。


 今回の場合であれば、調査エリアに生息している狼を10匹討伐する事。


 そしてそこまでして報酬は銀貨1枚である。

 害獣である狼一匹の相場が銅貨5枚なので、10匹だと50枚になる。


 ただ狼を討伐するよりは倍の収入となるが、片道半日の移動時間を考えると、はっきり言って旨味は無い。


 さらにヴァイスは、この話には裏があると見ていた。


 調査対象のリザードマンには知能あがり武器まで使う事から、Cランク相当に認定されている魔物である

 つまり、まだDランクのヴァイスより強い、格上の魔物という事になる。


 なので本来ならば対象外の魔物となるなのだが、それは討伐を前提とした依頼の場合で、今回は調査をするだけである。

 戦う必要はない。


 しかし相手は狂暴な魔物である。

 不運にも遭遇してしまったら、どうなるだろうか?

 考えるまでもなく戦うことになる。

 何しろ相手は知能が高くとも、話が通じない魔物なのだ。


 しかも対象は爬虫類タイプなので、人間よりも身体能力に優れている。

 逃げる事はまず出来ないと考えた方がよい。


 では戦ったらどうなるか?

 人間が勝つか、リザードマンが勝つかの、まさにデスマッチである。


 しかも今回の依頼主だが、リザードマンが目撃されたエリア周囲を治めるピエール男爵であった。

 大抵の場合はトラブルを避けるため、依頼人の名前が伏せられているのだが、今回の依頼書にはデカデカと署名がされていた。

 きっと、ちゃんと領地を管理していますよ~!とアピールがしたいのだ。


 そしてここが一番肝心なのだが、デスマッチに人間が勝てば格安で討伐してもらえるし。

 負けたとしても、ギルドが冒険者の安否を確認するために、無料で追加の調査をしてもらえる可能性が高かった。

 もしかしたら、そのまま調査隊が駆除してくれるかもしれない。


 つまり、どちらに転んでも、男爵は損をしないというわけである。


 しかし冒険者も馬鹿ではない。

 だから引き受け手がおらず、余っていた依頼なのである。


 では何故、ベテラン冒険者であるベレットが、このような依頼を引き受けて来たかと言えば。

 ギルドに疑われる事無く、このエリアの調査を進めるためである。


 実は作戦会議とは名ばかりの飲み会を乗り越えた次の日。

 ヴァイスは、再び冒険者ギルドの別館を訪れ、ルーアからゴブリン軍の動向を仕入れる事に成功した。

 と言っても、彼は再び半日以上もルーアの長話に付き合わされただけで情報が得られず。

 その後で兄であるキエスに泣き、妹から聞き出してもらった情報を地図に記入してもらったのである。


 そして横一直線に足並みを揃え、北に向かってゆっくりと進軍していると思われていたゴブリン軍団であっるが。

 ローデンブルックの南東にある、この森だけは、異常に突出している事が判明したのである。


 そもそも、ヴァイスが初めて手足が異常に長いゴブリンに遭遇したのが、この森の北西部であった。

 つまり、その段階でローデンブルックの目と鼻の先にまで、ゴブリンの軍勢が手を伸ばしていた可能性があるのだ。


 なお、後から分かる事なのだが、一度話し出すと止まらないルーアにはNGワードがあり。

 それさえ踏まなければ、普通に会話をする事が出来るし、地図に情報を記入してもらう事も可能である。


 しかしそのNGワードと言うのが、本にまつわるワード全般で。

 特に、などは、地雷中の地雷なのであった。

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