第108話 受付嬢と書庫の管理人

 「でかしたじゃないか、ヴァイス!」

 「いや、仲良くなったというか、ただ話を聞いて、お兄さんと一緒に食事しただけですから……」


 超絶美形エルフとの食事会?を終え、ヴァイスがナタリアの店に戻ると、グラッパのボトルを片手に元受付嬢のベレットが待っていた。

 どうやら姉のナタリアから、彼がルーアを口説きに行ったと聞き、待ち伏せしてていたようである。


 彼が成功したと言う前から、ベレットが成功を確信していたのは、ヴァイスが寄り道をするような男ではなく、帰りが遅かったからだ。


 「信じらんない。何考えてるのよ……ヴァイス」


 しかもクラリッサまでが、その事を聞いていたらしく、威勢よく彼に絡んで来たのだが途中から頬を染め。

 最後には、小声でモジモジしながら、彼の事を呼び捨てにして来た。


 (いや、待てよ。今度は何が始まるんだ?)


 この緊張感のなさもそうなのだが、基本真面目なヴァイスには嫌な予感しかしなかった。


 そもそもヴァイスは、ゴブリン軍団を裏から操る悪魔の情報を得るべく。

 冒険者ギルドの職員であるルーアと親しくなる使命を果たすべく行動をした。

 そして目的とする対象と、長時間話すことが出来たので、結果オーライなのかもしれない。


 しかし仕入れられた情報量を考えると、何とも微妙な気分である。

 しかもあの超絶美形兄妹の秘密を、この三人には話すことは出来ないのだ。


 正直者のヴァイスには、なかなかにハードルが高い状況であった。


 「ほら、料理を温め直すから手伝ってちょうだい」


 どうやら3人の女性はヴァイスの帰りを待っていたようで、まだ食事を済ませていないようで。

 困った様子のヴァイスに気を使い、年長者のナタリアが絡む気満々の二人の背中を押して、居住空間である2階へと上がってくれた。


 束の間の平穏が訪れる。


 (やれやれ、何を話せばいいのか……、今のうちに整理しておかないとだな)


 ヴァイスは食事の後に始まるであろう、作戦会議という名の取り調べに向け、頭をフル回転させるのだった。


 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


 今夜の料理は肉がメインであった。

 明らかに戦士であり、この家でただ一人の男性であるヴァイスを意識したメニュー。


 既に食事を済ませて来たたはずのヴァイスのお腹が、直火に炙られ少し焦げた豚肉の脂身の香りを感じ取り鳴り始めている。


 何しろエルフであるキエスの出す料理は、全てがヘルシーであった。

 野菜とお肉の比率は8:1。

 残りの1はフルーツかナッツ。


 しかも僅かばかりのお肉は、さっぱりとした鶏の胸肉だけであり。

 戦士であるヴァイスには物足りないの一言であった。


 しかし鶏肉は低温調理して丁寧にほぐされていて、見た目も美しく。

 素材本来の旨味を生かされた力作であった。


 エルフならではの繊細な仕事と言えよう。


 「ところでベレットさん。どうしてルーアさんを選んだのですか?」


 ヴァイスは早速、湯気が立つ豚肉をフォークで差さすと、溢れ出す肉汁がこぼれないうちに頬張り。

 食べながら、ずっと気になっていた事を、隣に座っているベレットに尋ねてみた。


 確かに知識量で言えば、その辺のギルド職員と比べて数倍、いや、少なく見積もっても数十倍はルーアの頭の中に詰まっているであろう。

 しかし今回、彼らが直近で必要としているのは、今現在のゴブリン軍団の配置や情勢なのである。

 大昔に作成された古文書には書かれていない。


 「ん?なんだい、乙女相手にエロイことしておいて、そんな事も判らなかったのかい?」

 「えっ、ヴァイスさんって、初めての人ともしちゃうんだ……」


 男性であるヴァイスに負けずに、豪快に肉にかぶりつき、ブドウの搾りかすから作られたお酒、グラッパを煽ったベレットが意味深な目で問い返して来た。

 それを聞きつけた美少女のクラリッサまでが話に乗って来る。


 しかしその程度は想定内であった。


 「いや、だからシテませんって、お兄さんも一緒でしたから。それにあの人、ルーアさんは全く人の話を聞きませんでしたよ?」


 事前に用意してあった回答でやり過ごす。

 思った通り、ホット胸をなで下ろした美少女が食事を再開する。


 一方のベレットは冗談であったのだろう、肉体関係については深追いする事なく会話を続けてくれる。


 「あ~確かに……変わり者だったね。でも、あの娘が一人でギルドの資料をまとめているとしたら?」

 「えっ、そんな事、普通は…………。でも、ルーアさんなら確かに出来るのかもしれませんね……」


 冒険者ギルドには朝早くから大勢の冒険者が詰めかけ、少しでも割りの良い依頼を得ようと依頼表を奪い合い。

 そして我先にと受付を済ませて出かけて行く。

 そして夕方前には依頼を済ませた冒険者達が、早く報酬を受け取り街へ繰り出したいと列をなす。


 それらを少人数で捌かなければならない受付嬢が忙しい事は簡単に想像できる。


 他にも彼女たちは、依頼内容から難易度を推し量り、妥当な冒険者のランクを決めたり、持ち込まれた素材に間違いはないか鑑定したりする。

 更に素材の数を数え報酬金額を算出し、支払いの金額が合っているか?など、常に確認しながら業務を行わなければならないのだ。


 しかも冒険者一人一人の働きぶりを把握できるように、聞き取った内容を個人シートに記載までしなければならない。


 確かに資料を整理している暇などは、無いのかもしれない。

 それに夜明け前から夜遅くまでギルドは開いているので、彼女達は交代制で勤務しなければならないだろう。

 不規則な生活は、心身ともに疲れが溜まるものである。


 しかしだ、依頼表一つとってもわかる通り、冒険者ギルドで1日の間にやりとりされる資料は膨大だ。

 果たしてそれを一人の人間が整理する事が出来るのだろうか?


 だがあの本に対する異常な執着を見せるルーアならば、もしかしたら可能なのかもしれない。

 何しろ彼女は一人で6時間も、ずーーーっと話し続けたのだ。

 その集中力さえあれば、やってやれない事では無いのだろう。


 もしかしたら、優秀な人材なのかもしれない?、と思い始めるヴァイスであった。

 しかし彼はまだ知らない、ルーアも始めはギルドの受付嬢をしていという事実を……。

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