第107話 美しすぎる兄と妹

 「まぁ~そうだったのね♪私ったらすっかり誤解しちゃって、ごめんなさいね」

 「いえ、いいんです。誤解が解けたらそれで……」


 紆余曲折うよきょくせつを経て、二人用の小さな個室に、ちゃっかりキノコ型の椅子を持ってきた兄キエスがヴァイスの隣に座り。

 おつまみのナッツを摘まみながら、楽しそうに会話している。


 「でも、聞いてよ。この子ったら全然、お友達を連れてこないものだから、アタシ……ヒック、嬉しくって……」


 と思ったら、今度はお酒を飲みながら泣き出した。

 正直、展開が早すぎてヴァイスは付いていけていない。


 まず見た目だけは超絶イケメンな兄だが、この部屋に入った途端に髪の毛の色が、深緑色から白と緑が半々の、混ざっているようで混ざていない不思議な色へと変わり。

 顔の輪郭や目鼻立ちこそ変わらなかったものの、耳の先端が見事に尖った。


 後日聞いた話では、彼らエルフ族は人間に紛れて生活するため、偽装効果が付与されたアクセサリーを身に着けている。

 兄キエスの場合は耳たぶに付けている青紫色のイヤリングで、妹ルーアの場合は分厚いレンズが付いている眼鏡だった。


 だからそれらを外さなければ、本当の姿を見る事はかなわないはずなのだが。


 二人が案内されたこの個室は、真実の愛を語らう部屋だったらしく。

 その偽装効果を打ち消す魔法が、部屋を明るく彩るランプに施されていたのだ。


 つまり本来は、エルフ同志のカップルが入る特別な部屋なわけだが。

 妹が恋人を連れて来たと早とちりした兄が、間違えて人間のヴァイスを案内してしまったのだ。


 しかもヴァイスが人間だと分かるなり、兄は首にナイフを押し付けて来たのだ。

 何とも迷惑な話である。


 なお、兄のキエスがしているイヤリングは一番安価で低級な物で、外に出る機会が多いアールがしている眼鏡の方は最高級品だという。

 どうやら効果が強すぎて、全くの別人に見えてしまっていたようである。


 (もったいない)


 「それにしても、この子の長話に付き合ってくれるなんて、アナタも変わり者よね~?」

 「いや~まぁ~、ゴブリンの事を尋ねたのは、僕からなので……」


 兄の口振りから察するに、ルーアは根っからの学者馬鹿のようであった。


 基本的に、知識欲が強いヴァイスは、初めの1時間ぐらいなら、何とかルーアの話に付いて行くことが出来た。

 しかし古すぎて半分以上の文字が消えてしまっている、古文書が出て来たあたりから急に雲行きが怪しくなった。


 それでも席を立たずに話に耳を傾けていたのは、無表情なルーアが、あまりにも生き生きと話していたからだ。


 そのおかげで、この世界であがめられている神様についても、少しだけ勉強する事が出来た。

 なぜ少しだけかというと、国によって宗教が違ったり、土着のマイナーな神までが存在しているからだ。


 因みにこの大陸で一番有名で一般的なのが、地母神エルデと、知識神ケントニス、美愛神リーベの3女神である。

 なお、ヴァイスアはサーラがどの神を信仰しているかを聞いたことがないが、きっと地母神辺りかな?と見当を付けている。


 また当のルーアについては、6時間ぶっ続けで彼女の話を聞かされた結果。

 ルーアは記憶力と探求心が人並外れて高いのだが、まったく人の話を聞かないだけでなく、場の空気を読む気がゼロであった。


 今も男二人の会話を無視して、どこからか出した古文書を片手に、兄が作ったサラダをポツポツと口に運んではページを捲っている。


 それに人間離れした、妖精と同等の美貌を誇っているのに、お洒落というものに全く興味を持っていなかった。

 もしもお洒落大好き美少女のクラリッサに会わせたら、どのような化学反応を見せるのだろうか?


 などとヴァイスが考えていうちに、何やら考え込んでいた草食系イケメンの兄が顔を上げ、睫毛の長い目を細めた。


 「もしかして……、君も異変に気が付いているのかい?」


 再びクールビューティーなイケメンに戻った兄キエスからは、敵意や殺気といった感情は感じられない。

 ヴァイスは魂の臭いを感じる事が出来るので、かなりの角度で相手が敵か味方かを察知する事が出来る。


 しかし相手は出会ったばかりの人間、いや、エルフである。

 用心に越したことはない。


 「先程の契約は、私の秘密にも効果がありますか?」


 実は誤解を解く際、ヴァイスはキエスに二人がエルフである事を口外しないと、魔法的な宣言までさせられていた。

 しかしそれは条件が、とても曖昧なものだったので、もしかしたら双方向に効果があるのではないか?と期待したのだが。


 「いや、ないよ。精霊エレメンタルの誓約は事柄ごとに行う習わしだからね。君が望むのなら、こちらも従おう」


 再び三人は、”精霊の誓約”を交わした。


 先程はヴァイスの腕に蔦を絡ませてから誓約の言葉を口にし、蔦から生えている葉に、それぞれが血を一滴たらしたのだが。

 今回は反対に、兄妹の腕に蔦を絡ませてから儀式が行われた。


 そしてヴァイスが知る事件の概要を二人に話すと、キエスの整い過ぎた顔が険しくなった。


 「まさかこの国にまで悪魔が現れるとはね……。ルーア、何か知っているかい?」

 「いいえ、兄さん。知りませんでした。冒険者ギルドの書庫にある書物には、一切、悪魔に関する記述がありませんでしたから。でも不自然なのです。原始の神々を匂わせる記述まであるのですが、闇の陣営に関する書物は一切ありませんでした。これはまだ仮説なのですが…………」


 2時間が経過した。


 「ようやく寝たわね……。この子ったら本の事になると、直ぐそばに雷が落ちても止まらないのよ……。でも、嫌いにならないでちょうだいね」

 「いえ、想像以上に根深い問題だという事だけは、何となく判りましたから……」


 例によって、書物に関する話を始めたルーアは、兄が止めようとしても止まらなかった。

 それこそ諦め顔を作った二人が大きなため息を吐き。

 仲良くお酒を飲みながら料理を食べようが、他の客の相手をしに兄が席を外してもだ。


 そしてちょうど2時間が経過したとき。

 独演会を開催していたルーアが、まるで電池が切れたおもちゃのように、花の形をしたテーブルに突っ伏したのだ。


 どうやら眠りについたらしい。


 なお、今回も話の半分以上が意味不明だったヴァイスであるが、悪魔の存在を隠蔽しているのが、ギルドマスター、個人だけではなく。

 もっと大きな意志が働いている事だけは理解する事が出来た。


 「そのようね。まぁ~今日はもう遅いし、私の方も調べてみるから、またお店に遊びに来てちょうだいね♪」


 そして寝落ちした妹を、まるで宝物のように慎重に抱える兄キエスは、悪人ではないようであった。

 その様子を眺めていたヴァイスが、”もしかしてこれが噂の重度のシスコンか?”などと、胸の内で考えている事は内緒である。

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