第106話 書庫の番人と秘密
ヴァイスが店に入って直ぐ。
我が物顔でズカズカと進む地味で堅物な女性職員の前に、颯爽と現れた超絶イケメンが立ち塞がった。
しかも身長が長身のヴァイスと同じぐらあるのに、こちらはスラリとした痩せ型だ。
小さな顔もそうだが、まるで少女アニメに出てくるような主人公のように、切れ長の瞳や唇などが柳の葉のように繊細なカーブを描いていて、何処をとっても美しい。
青年はこの店のコックなのか、黒を基調とした服の上に、申し訳程度にエプロンを付けている。
「おかえり、ルーア。今日は遅かったね?」
「そうなんです、兄さん。ついこの方と話し込んでしまいまして。まだ続きがあるので食事をしながら話す事にしました」
しかも青年は声までが、爽やかな印象を与える高音イケメンボイスであった。
しかしルーアの話を聞くなり、態度が豹変する。
「まぁ~なんてこと!ささっ、遠慮しないでこっちに来てちょうだい♪」
どこから突っ込んだらいいのか、ヴァイスには分からなかった。
まず、なんと地味で堅物の書庫の番人ルーアは、超絶イケメンの妹だった。
分厚いレンズに覆われているので、彼女の瞳の形状をうかがう事は難しいのだが。
それを抜きにしても、とても兄妹には見えない。
別にルーアの外見を否定するわけではない。ただ、そのオーラというか存在感が異質過ぎる。
ここまで似ていない兄妹をヴァイスは見たことがない。
しかも社交的な兄と違い、妹のルーアは兄に対しても不愛想であった。
というか表情や声から、感情と言うものがまるで感じられない。
(本当に肉親なのか?)
あと気になった事が一つ。
何と超絶イケメンのルーアの兄なのだが、オネエであった。
登場したときは、キリッとした爽やか系イケメン男子だったのだが。
ヴァイスが妹の友人?と分かるや否や、膝が内股になり、下半身を中心にクネクネしだしたのだ。
自分の頬に手を付く仕草もしなやかで、小指が立ってしまっている。
(ダメだ。急に疲れが出て来た……)
そんな兄が顔色一つ変えない背が低い妹の背中を押し、いくつものテーブルが置かれた少し広いフロアーを抜け。
横へと続く通路に入って行く。
ヴァイスは状況が呑み込めないまま、帰るわけにもいかないので二人の後を付いて行く、と。
そこは通路の両サイドが小さな個室になっていた。
その一つへ無表情なままの妹をイソイソと押し込み、”ささ、入ってちょうだい”とニコヤカで爽やかなイケメンフェイスの兄が手招きして来る。
まるで女友達の家に始めて上がった男子生徒に対し、なぜか上機嫌な母親が手招きしてくる感じ。
「あ、どうも。お邪魔します」
しかもその小部屋の入り口は四角ではなくトンネル状になっていて、まるでジャイアン・アントの巣に迷い込んだ気分がした。
それでもこれは任務だからと、我慢して中に入ってみると、
「えっ!!は?!何がどうなったら…………?えーーーー!!!ルル、ルーアさん?ですよね?これは幻覚の魔法か何かなのか?!」
長身でがっちろとしたヴァイスが、頭を低くして個室の入り口を潜ると。
まず目に入ったのは、変わった形状のテーブルや椅子を、ブルーやピンク色の明かりが照らし出す。
何ともメルヘンな演出が施された個室であった。
しかしそれ以上にヴァイスの目を奪ったのは、キノコ型の椅子の上にチョコンと座る、可憐で繊細な、まるで妖精のような少女であった。
彼の口が勝手に何か言葉を発してはいるが、頭の中は完全に真っ白である。
小さな部屋の中には、ヴァイスを除けば、人間?妖精?少女?は一人しか居ない。
つまり、ここがマジックハウスでもなければ、目の前に座る少女こそが、冒険者ギルドの書庫の管理を任されているルーラという事になる。
あまりの衝撃に、ヴァイスの記憶は曖昧なものになってしまっているが。
多分、その妖精のような完璧なルックスを持つ少女と、ルーアの身長は変わっていないと思われる。
それに無造作に肩から足元までを覆っている、野暮ったい茶色のローブもそのままである。
しかし顔や雰囲気が、全くの別人であった。
まず髪の毛の色がローブよりも暗い茶色をしていたのに、光が当たる角度によっては淡い紫に見える白髪に変わり。
同じく大きな眼鏡に隠れていたつぶらな瞳も、大きくてクリッとした、透明感のある綺麗な水色をした瞳に変わっている。
そして何よりも顔の輪郭が真ん丸から、顎がしゅっとした逆三角形に近い卵型なっているし。
身体にフィットしていたはずのローブまでがダボっとして、今にも肩からずり落ちてしまいそうだ。
美少女のクラリッサも痩せている方だがこちらは更に華奢で、まるで愛でる事だけを目的として作られた人形のよう。
つまり骨格自体がまったくの別物なのである。
それに何よりも、この容姿であれば超絶イケメンの兄の妹であると言われても、反論のしようがない。
「申し訳ありません。驚かせてしまったようですね」
しかし完全に呆けてしまったヴァイスを見上げる少女から発せられた、無表情な声音だけは書庫の管理人と同じものであった。
いや、それすらも、鈴の音のように美しく感じられる。
「いや、俺の方こそ……。もしかして君たちは」
「そう。エルフだよ」
困惑を隠せないまま、椅子に座ることを忘れ、立ったままで尋ねたヴァイスに、いつの間にか個室に戻て来ていたイケメン兄が兄妹の秘密を伝えた。
先程までの、オネエならではの中世的な柔らかさが鳴りを潜める、まるで氷で出来た刃のような声が、人間族の背中に突き刺さる。
いや、実際にヴァイスの首筋には、冷たく薄い刃が押し当てられていて微動だに出来ない。
この世界のエルフ族と人間族は敵対こそしていないが、”友好的ではない”と、酒場で飲んでいる時にベレットから聞いたことがあった。
その妖精のような完璧な美貌を人間側が一方的に妬み、彼らエルフを迫害して来た歴史があるらしい。
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