第105話 女性職員と資料室と食堂

 結局、資料室に入るまでに30分もかかってしまった。

 流石に金属探知機まではなかったが、毛布やロープが入っている袋まで取り上げられて中身を確認され。

 入念なボディーチェックまで受けたのだ。


 しかも冒険者証を提示したと言うのに、入館届に名前や来館理由までを書かなければならなかった。


 お役所仕事にもほどがある。


 そして通されたのは、2階の片隅にある一般的な資料室ではなく。

 なぜか厳重に守られた地下にある、いかにも古書が眠っていそうな書庫であった。


 流石に蜘蛛の巣までは張っていないが、羊皮紙の独特の臭いと一緒にカビ臭さが強く感じられる。


 「え~っと、ルーアさん?本当にここは入ってもいい場所なんでしょうか?まだDランクなんですけど……」

 「構いません。手続きは済みましたから」


 (いやいや、そういう問題じゃないと思うんだけどな~?)


 しかも結構な広さがあると言うのに壁だけでは足りず、まるで迷路のように本棚が設置されていて。

 そこにギッシリと並べられ本の背表紙には、この世界では珍しい箔押しまでが施されていいるではないか。


 つまり貴族などの上流階級が読む本という証である。

 それにどれもが年代物で、一般人が手に取って読むような本ではなかった。


 しかしそのような事は意に介せず、女性職員が慣れた様子で本棚の迷路をずんずんと進んで行く。

 頼もしくもあるが、迷惑でもある。


 「あの~~俺は、ただゴブリンの事が知りたいだけなんですけど……」

 「伺っております。まず魔物を知るためには、その起源に迫らなければなりません」


 (へっ?…………こ、これは無理だ。次元が違い過ぎる)


 物事を理屈っぽく考える癖があるヴァイスではあったが、彼が発した言葉に振り返り、キリリと眼鏡を持ち上げた女性職員は、本物の生粋の学者肌であった。


 これはしばらく付き合うしかないか?と、ガクリと項垂れるヴァイスであった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 「つまり、今の人類が崇める3女神が地上を治める以前、遥か昔には全知全能の神が最低でも2柱は存在していたはずなのです」

 「そ、そうですね…………。確かにここに書かれている通りだとすると、地母の女神であったとしても、地上を創造する事が出来ないですからね……」


 あれから6時間、ヴァイスは山積みになた古書に囲まれ、ルーアと一対一で神話の時代の講義を受けていた。

 ゴブリンは何処に行ってしまったのか?と尋ねてみたかったが、女性職員の真剣な眼差しを見てしまうと、どうしてもその気にはなれなかった。


 しかしそろそろ彼の脳が限界を迎えそうであった。


 「あの……そろそろ閉館だったりしません?」

 「ハッ!そ、そうでした。ワタクシとした事が……、でしたら続きは知り合いの店に行ってからにしましょう」


 (へっ?何故そうなる?)


 どうやら本当に閉館時間を過ぎていたらしく、堅物の女性職員はスタッと立ち上がると、ものすごい勢いで本を片付け始めた。

 流石に手伝わないと悪いかなと思うも、彼にはどこから取り出された本達なのか検討も付かないのであった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 すっかり日が沈んだ、黄昏時。


 「こちらです。裏路地にある、こじんまりとした店ですけれど、味は保証します」


 あまり人の話を聞いてくれない、超弩級の堅物女性職員ルーアに連れてこられたのは。

 防壁の外側に拡がる下町の、そのさらに外れにある小さな食堂であった。


 方角としては歓楽街とは反対側にあり、無秩序に小屋が建てられた影響で、この周辺はとにかく入り組んだ路地を形成している。

 正直、もう一度、一人でここまで来いと言われても、迷わず行ける自信がヴァイスにはない。


 「随分とお洒落なお店ですね……」


 ここの主人は四角い物が嫌いなのか、綺麗に加工された板材ではなく。

 皮を剥いただけの大小さまざまな太さの丸太が、壁や屋根などに使われていた。


 しかもその丸太が不規則に曲がっているものだから、奇妙な印象を受けずにはいられない。


 (これでは隙間風が入って、しかたがないのでは?)


 それと上部が丸くなった緑色をした入口のドアには、看板が吊るされているにはいるのだが。

 そこには文字ではなく、何かの葉っぱが付いたつたの絵が描かれていた。


 (本当にこれで客が来るのだろうか?)


 「時間がありませんので、早く中へ入りましょう」


 そういい、女性職員が明けたドアの向こう側には、木で出来た洞窟のような空間が広がっていた。


 (えっ、これが食堂?テーマパークか何かじゃないよな?)


 今にも物陰から、小妖精や小動物が飛び出してきそうな、そんな雰囲気を醸し出している。


 ただただ驚きを見せるヴァイスを放置し、またしても地味で眼鏡を掛けた女性職員は、ぼんやりとした幻想的な明かりに照らされる店中へと入って行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る