第104話 資料室と地味な女性

 ヴァイスの日課に、新たに子ヤギの世話が加わった。

 と言っても水と餌をあげ、所かまわずする糞を掃除するだけである。


 因みに餌は、薬草採取のついでに刈って来た草と野菜のクズを与えている。

 あとこれは意外だったのだが、馬小屋の番に聞いた話では。

 生の草ばかり食べているとお腹を壊すので、干し草もあげた方がよいといの事でだった。


 「あら、いつも早いわね。たまには私の面倒も見て欲しいものだわ」


 洋服屋の裏庭で、だいぶ慣れてき子ヤギの頭を撫でていると、後ろから店の女主人であるナタリアに声を掛けられた。


 「まだ根に持っているんですか?」


 実は美少女と関係を持ってしまった日。

 二人は店の裏口から入ろうとしたところ、店の店主、ナタリアが子ヤギの世話をしながら待ち構えていたのだ。


 ヴァイスアは反射的に、美少女と繋いでいた手を放したのだが、後の祭りであった。

 一応は、酒を飲み過ぎて朝帰りをしたと言い訳をしてみたのだが、無駄な抵抗でしかない。


 「まったく、サーラちゃんが居ないからって……。この女たらしが」


 そういい、唇を尖らせたナタリアが、立ち上がった彼の所まで来て、伸ばした指先で彼の胸をイジイジして来る。


 「いや、分かっているんですよ。今はそんな事している場合じゃないって。今日はギルドに行かないとですし……」


 そう、今のヴァイスには、やらなければならない事が山積みであった。

 一昨日は鍛冶屋に改造が終わった馬車を受け取りに行ったし。

 昨日は街の近くに現れた狼の群れの討伐隊に加わり金策も行った。


 何と討伐が主目的とあり、狼一匹につき銅貨10枚である。

 ベレットとクラリッサが倒した分も合わせれば、半日で銀貨3枚となかなかの稼ぎであった。


 しかし喜んでばかりはいられない。

 何しろ狼の群れが街に向かった原因は、例のゴブリンによる侵略が影響していると考えられるからだ。


 これ以上、被害が広がらないうちに、何とかしなければならない。


 そして今日はベレットからの指令で、冒険者ギルドで働く、とある女性に近づかなければならなかった。


 彼としては魔物と戦っていた方が、気分が楽なのだが……。


 という事で、少し早い朝食をナタリアとでとったヴァイスは。

 冒険者ギルドより街の中心部に近い所にある、ギルドの別館へとやって来た。


 こちらでは初心者冒険者が講習や基礎訓練を受けたり、昇格試験などを受ける事も出来る。

 つまり普段の業務は本館で行われ、それ以外は別館という具合である。


 そしてここには、ギルドが集めた膨大な資料が眠る資料室までがあるのだ。

 そんなわけで、別館と言いながらも、こちらの方が立派で建物が大きかったりする。


 なお、任務が任務とあり、美少女のクラリッサは教官役のベレットと引き続き狼討伐に励んでいる。


 「お邪魔しま~す……」


 とは言っても、今日は講習や試験が行われていないようで静かなものである。


 今もヴァイスが押し開けた、重たいオークの木で出来たドアが立てた音が、静まり返った石造りの室内に響き渡っている。

 ここは魔物に襲われた時の避難所にでもなるのか、壁が厚いだけでなく窓も少ない。


 一応、壁にランタンがぶら下げられているのだが、ロビーに入ってドアを閉めると、まるでお化け屋敷に入ったような気分になる。

 思わずゴースト系の悪霊が居ないか確認したくなる。


 「……………………」

 「………………どうか……されましたか?」


 (ヒィッ~~~!!!)


 突如、暗闇の中から声を掛けられ、ヴァイスは息を飲み、心の中で悲鳴を上げた。

 せめて足音ぐらいは立てて欲しいものである。


 「ん?」


 青い顔をし、なかなか話し出そうとしない長身のヴァイスを見て、分厚い眼鏡を掛けた女性職員が首を傾げている。


 年齢はサーラよりも上だろうか、しかし30代には見えない、地味な印象を受ける外見。


 暗い茶色の髪を太いツインテールにしているからか、とにかく真面目で野暮ったく感じられる。

 しかもとんでもなく無表情なのだ。


 この人がお化けですと紹介されても、ハイそうですかと信じてしまいそうだ。


 「あの~~、もしかして、資料室のルーアさんですか?」

 「はい…………そうですけれど。お会いするのは初めてですよね?」


 それでも勇気を出して、ヴァイスが話し掛けてみると、少し間を空けてから、抑揚の乏しい小さな声が返って来た。

 シチュエーションからすれば、怪しまれているのかもしれないが、それすらも無表情過ぎて判別出来ない。


 (まずい、どうするか……。これだったらクラリスの相手をしている方が何倍も楽だったな……)


 実は見た目だけは可憐な美少女のクラリッサも、彼にとっては苦手な人種だったりするのだが。

 このルーアという女性職員は、最高に取っつきにくそうである。


 しかもベレットからの指令で、この女性と親しく成らなければならないのだ。


 流石に恋人になれとはまで言われていないが、冒険者ギルドを退職したベレットの代わりに。

 この女性から、ギルドの裏情報を聞き出せるようには、成らなければならない。


 「はい。え~っと受付でゴブリンの生態について尋ねたところ、ここに居るルーアさんに聞くように言われたんですよ」

 「そうですか……。では、最初に身分証を提示して下さい。あと武器はこちらで預からせてもらいます」


 「えっ、武器もですか?」

 「その通りです。規則ですので」


 ここはギルドにとっても重要な施設だとすれば、身分証の提示までは理解できる。

 しかし冒険者にとって武器は命の次に大切な物である。


 それにここは冒険者ギルドの所有する建物なわけで。

 ギルドマスターに呼び出された時も帯剣が許されていた事から考えるに、少々やりすぎなように感じられた。


 しかし女性職員の口調はとても丁寧なのに、揺るぎのない鋼のような響きをたたえているのであった。

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