第103話 美少女の戸惑い

 「ハァ、ハァ、ハァ、ヴァイスッ……さん。凄かった…………」

 「あ、ああ……。それはよかった……よ」


 相手が見えるか見えないかという、計算された暗がりの中。

 ヴァイスは美少女と一緒のベッドに入っていた。


 冬の夜とあり外では凍えるような寒さが待っているのだが、荒い息を吐き、細くなやかな腕を額に乗せている美少女は熱でもあるのか。

 真っ白できめ細かな頬を赤く色付かせ、玉のような汗まで浮かべている。


 それは腕を枕代わりに貸しているヴァイスも同じで、今も密着した美少女の肌から伝わる熱と、小刻みな鼓動を感じ取っていた。


 しかし今のヴァイスの頭の中というか、心の中には寒風が吹き抜けている。


 ”シテしまった……。どうしてこうなった?”と。


 肉専門店に入り、やたらとスパイスが効いた分厚いステーキが出て来たので、ついついお酒を飲み過ぎてしまっていた。

 しかも、締めに出て来た赤茶色のスープを飲んだところから、どうも記憶が曖昧なのだ。


 まるで底なし沼に、はまってしまったかのように。


 それでも美少女に誘われ、店の2階にある部屋に入る判断をしたのは自分だと覚えているし。

 その後で、どうしても我慢が出来なくなり、服を脱いでしまったのも自分であった。


 シテしまったものは仕方がないと気分を切り替え。

 まるで子猫のように甘えて来る、細身の美少女を堂々とした態度で抱き寄せる。


 そして自分の意志に反して熱くなる、下腹部を痛いほど感じるのであった。


 朝になった。


 変わらず堂々とした足取りで、宿?の階段を下りるヴァイスと対照的に。

 今朝のクラリッサは、借りて来た猫のように大人しかった。


 恥ずかしそうに俯き、前を歩く長身の男から距離を取り。

 開店の準備に追われている店員の視線を意識している様子。


 (はぁ……、だったら、誘わなければいいのに……)


 その様子を気配で感じ取ったヴァイスが、心の中で溜息を吐いた。


 なんだかんだと明け方まで眠れなかった彼だが、窓から差し込んだ朝日を顔に受けたことで。

 頭の中が妙にハッキリとしていた。


 因みにこの店は、フリーの商売女が客を取ったり、娼館で働く女性が店には内緒で、意中の男を連れ込んだりするための宿であった。

 その証拠に店で食事をしていたのはカップルだけであったし、彼が泊った両隣の部屋では明け方まで、女性があられもない声が張り上げ続けていたのだ。


 正直、あまり気分がいいモノではない。


 とはいえ、初めてを体験したクラリッサの気持ちも、分からないでもなかった。

 そう彼女にとっては、ヴァイスは初めての男なのである。


 あの暴漢から助けた娘もそうであったが、女性にとっては重い決断であった事だろう。

 そして事が済んだ後、本当にシテ良かったのか?と自問しているに違いない。


 一方、する事を終え、賢者モードに入ったヴァイスは、眠りに落ちた美少女を眺めながら。

 昨夜の自分の体に起きた異変に付いて、冷静に分析していた。


 まず天女様からもらった宝石菓子に精力剤が入っていた事は、美少女の口から聞いている。

 特に体に変化があったとは感じられなかったが、影響がなかったとも言い切れない。


 次に彼女に連れられ入った大浴場は、不思議な香りのするお湯で浴槽が満たされていた。

 そこから漂う湯気を嗅いだだけで、頭がボーーっとする感じを覚えた。

 色や香りから類推するに、漢方薬が入っていたのかもしれない。


 それに確証はないが、場所が場所なだけに、客をその気にさせる効能が添加されていたとしても、何ら不思議ではないのだ。


 更に赤身が使われているステーキには疲労回復の効果があるし、やたらと濃い味付けにしたのはお酒を飲ませるためであろう。


 そして最後に飲んだスープには、大量のニンニクだけでなく、蛇の物と思われる食材までが入っていた。

 何故、蛇だと分かったかと言えば、細長い物体がぶつ切りにされ、皮や骨までが入っていたからだ。


 他にもブタか何かのウインナーや内臓ホルモンなどなど、正直、ゲテモノ料理と言ってもよい見た目であった。


 つまり精力増強のごった煮だったのだろう。


 しかもそれが殆どのテーブルで食べられていたものだから、彼は疑いすらしなかった。


 そしてこのデートコース?を選んだのは、ヴァイスではなく美少女なのである。


 以上の事から、大人のヴァイスは、この初心うぶな美少女に完全にめられたのだと確信した。

 とはいえ、男としては嬉しい事なので怒るつもりはない。


 ただ愛する人に対し、また裏切り行為を働いてしまったと、自責の念には苛まれていた。


 しかし済んだ事は嘆いていても始まらない。

 まずは前に進むことが大事である。


 それに転生者であるヴァイスは、見た目以上に美少女よりも年上であった。


 なお、彼と同じコースを辿り、同じモノを食べていたわけだから、当然、美少女にも同じ効能が働いていたのは言うまでもない。

 しかしその事実に気付いていたのかは、甚だ疑わしいものであった。


 「ほら、クラリス。怯えている方が目立つんだぞ」


 と言い、少し強引に冷たくなった真っ白な手を握り、美少女の歩調に合せて階段を下りる、大人のヴァイスであった。

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