第102話 美少女の謀(はかりごと)

 「金貨50枚か……」


 湯気の立つ体から石鹸の香りを漂わせ、湯屋の外でヴァイスが何するでもなく待っている。

 店構えから分かってはいたが、この湯屋に小さかった。

 浴場の広さは8畳ぐらいしかなく、小さな銭湯といった感じである。


 そもそも男女が仲良く手を繋いで来る場所ではないので、待合室すら無い。


 そんな彼が夕闇に向かって呟いた金額、それはこの歓楽街でNo1の女性と事をするための料金であった。


 実はのんびりと彼が湯舟に浸かっていたところ、近くに居た、やたらと肌艶の良い老人に気に入られてしまったのだ。

 こちらから聞いてもいないのに、どこそこの娼館に綺麗どころが集まっているだの、誰それのアソコがキュッと締まっていて、天に昇るほど気持ちがいいだとか。

 永遠と自慢話を聞かされたのだ。


 そして今日、その老人が相手をする女性は、何とこの歓楽街で一番の、と呼ばれている女性だと言うのだ。

 何でもその女性とイイ事をするためには最低でも金貨50枚が必要で、しかも人気があり過ぎて予約制になっていて、今では2年待ちだとか。


 しかも金貨50枚を払ったとしても、たったの1時間しか相手をしてもらえないと言うではないか!?


 それが事実であれば、庶民にとっては完全に、夢のまた夢のような現実味のない話なわけだが……。

 実際に女神と言うよりはに感じられた女性と会った後とあっては、なるほどと納得するしかないのだった。


 因みにその老人は、なんと賭博のカタに、女神とのひと時の逢瀬をGETしたらしい。

 それは念入りに体を洗うはなと、妙に納得するヴァイスであった。


 「お待たせ……」


 湯屋の壁に漏れ掛り、ヴァイスが物思いにふけっていると、いきなり細い腕が絡まって来た。

 外套越しでもわかる、火照ったぬくもりと、小さな膨らみ。


 それと細くしなやかな指が、彼の無骨な手に絡みついて来る。


「お、おう。湯冷めしないうちに店に行こうか。この近くにあるのか?」


 聞きなれた高い声から、相手がクラリッサだということは分かっている。

 だが、彼は美少女がこの後にしようとしていた、はかりごとの事を考えると、どうしても、その綺麗な顔を見る事が出来なかった。


 一方、美少女であるクラリッサは、彼の逞しい腕に自分の腕を絡ませた瞬間に、男物の石鹸からする柑橘系シトラスの臭いを感じ取っていた。

 それは娼館に遊びに来る男達の証、目印でもあるのだが、相手がヴァイスだと思うと、不思議と嫌な感じがしなかった。


 ただ、自分の使い残しの石鹸を後でコッソリと渡し、彼に使ってもらいたかったなぁ~、と思っていたりする。


 そんな美少女がヴァイスを連れて来たのは、肉の専門店であった。

 炭火で焦げた肉汁の臭いが、通りにまで届いてくる。


 「これはまた食欲をそそる香りだな……」

 「でしょ?きっとヴァイスさんの筋肉も喜ぶよ」


 今日のクラリッサは、彼の肉体が目的だと言う事を隠さなかった。


 実は鍛冶屋でヴァイスと別れた後、意を決したクラリッサは、生まれ育った娼館へと向かったのだ。

 そして裏口から入って直ぐに見つけた、知り合いのベテラン娼婦に、狙った男を落とすにはどうしたらいいのかと直球で質問し。

 事細かにアドバイスをしてもらったのだ。


 この大胆な腕組と、バストタッチもその一つである。

 それとこの歓楽街にある湯屋のお湯には、実は催淫作用がある秘伝の成分が混ぜられている事も教わっていた。


 そしてここのニンイク入の毒蛇バイパー料理を食べれば、どんな堅物の男でもイチコロだと教わったのであった。

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