第101話 色街と美少女

 ゼリーとグミを足して2で割ったようなお菓子を、腰に下げている革袋へとしまい。

 ヴァイスはナタリアを少しきつくした感じの、吊り目の女性から聞いた店へと向かった。


 日が傾いたせいか通り過ぎる風が冷たく感じられ、外套の前を合わせて足早に歩く。

 それからしばらくし。


 「おっ、ここかな?(これは流石に気付かないだろ……)」


 目的の店は、大通りにほど近い娼館と娼館の間にひっそりと佇む、こじんまりとした店だった。

 しかも店の入り口が通りには面ししておらず、細い路地に入って直ぐの右側にあり、娼館の壁に張り付く様にして建っていた。


 しかも店番の御婆さんは皺皺≪しわしわ≫で、まさに昭和30年代のタバコ屋といった感じである。


 カウンターがそのまま商品棚になっていて、天板部分がガラスで出来ている。

 その奥には、まるでおもちゃ箱に詰め込まれたビー玉のように。

 不揃いな形状の、例の宝石のようなお菓子が飾られていた。


 「さてと、サーラさんは何色が好きかな~~♪」


 まるで子供のように目を輝かせるヴァイスの背後から、息を潜めた人影が近づいてくる。

 しかし彼の灰色の目は、赤やピンク、黄色に水色、それと透明など、色とりどりの透明なお菓子に釘付けになっていた。

 場所が色街とあって油断しているのかもしれない。


 「ヴァイスさん!こんなところで何やってるの?」

 「うわっあっ!ク、クラリスか……。お、驚ろかすなよ。心臓が止まるだろ……」


 突如、彼の肩に手を置き、元気よく声を掛けて来たのは、いつの間にか居なくなっていたクラリッサであった。

 冗談抜きに、ヴァイスは長身の体をビクッと跳ねさせ、今にも魂の糸が切れて足から崩れ落ちるところだった。


 「なんだじゃないわよ。あっ、まさかヴァイスさんまで、女を買いに来たんじゃないでしょうね?!」

 「えっ、違うって。これはちょっとお土産を……と思って……」


 「怪しい……、絶対に怪しいわ。だってこれ、精力剤入りの宝石菓子よ?エッチな事するに決まってるじゃない!!」

 「へっ?そ、そう……なのか?俺、さっき食べたけど……平気なのかな?」


 頭ごなしにヴァイスの事を疑っていたクラリッサであったが。

 ざっと状況を掻い摘んで説明し、証拠として貰ったお菓子を見せた事で、一応は誤解を晴らす事に成功した。


 しかし残念な事に、女の勘というものは鋭いモノで。

 ヴァイスが一人で娼館へ行くはずがないと気が付かれてしまい、誤魔化しきれずに友の事も話してしまった。


 助けた娘に紹介された大人の女性と一緒に、店の奥へ消えたと。


 同じ男としては申し訳なく思うが、これは自業自得だろう?という事で。

 親友には美少女の事を諦めてもらうことにした。


 「ここよ♪」


 いつの間にかヴァイスと腕を組み、上機嫌なクラリッサが案内したのは。

 色街に数ある中で、一番安い湯屋である。


 どうやら、この世界の住人でも体臭には気を使っているようで。

 美少女の話では、女遊びをする前の男だけでなく、店で働く前の娼婦たちも、このような湯屋を利用するとの事であった。


 ナタリアの家にも、小さいとは言え持ち運びが出来るバスタブがあるのだが?

 と思いつつも、ヴァイスは大浴場の言葉に惹かれ、美少女に付いてきてしまったのだ。


 なお、上級の娼婦ともなると、自室に湯舟が備え付けられているので、店の外へ出る事は殆ど無いらしい。


 「まさか、混浴じゃないよな?」

 「えっ……、もしかしてアタシと一緒が良かったの…………。なら、恥ずかしいから、お風呂がある宿にすればよかったかな……」


 「ん?クラリッサさん。何か勘違いというか……、何か企んでいませんか?」


 想定外の出来事と、色街の雰囲気に飲まれ。

 美少女に言われるまま道を戻り、湯屋まで付いてきてしまったヴァイスだが。


 ここに来て、ようやくクラリッサの意図を、かなり正確に把握する事が出来た。


 この湯屋の浴場は男女別々なのだが、身体を綺麗にした後に二人で宿へ行き、そういう事をしようと企んでいるのだ。


 彼も男である以上は、美少女に思いを寄せられれば悪い気分はしない。

 だがしかし、今の彼は愛する人への思いだけで、数々のを振り払て来たばかりなのだ。


 それに、あの琥珀塘こはくとうのようなお菓子を買い求めたのも。

 見た目が綺麗だし、とても美味しかったから、是非ともサーラに食べさせてあげたいと思ったからである。


 「そ、そうじゃないけど……。少しはアタシの事も見てもらいたいなって……」


 一方のクラリッサも、彼が菓子屋の前で呟いた女性の名前を耳にしていた。

 しかしその事実を認めたくなくって、ワザと言いがかりを付けたのである。


 「まぁいいか。俺も風呂に入って手足を伸ばしたかったし。後で夕食でも御馳走するよ」

 「えっ、ほんと!ならね、ならね。アタシ、いいお店を知っているの!後で連れて行ってあげる♪」


 そんな美少女の思いを察し、ヴァイスは少女が喜びそうな妥協案を提示したのだった。

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