第100話 桃源郷と天女様

 まるでアラビアンナイトや、中国の後宮が描かれる映画のワンシーンのような絢爛な部屋の中。

 ヴァイスは緊張した面持ちで、丸いテーブルを前に椅子に座っている。


 そのどちらにも精巧な彫刻が施され、磨き抜かれた超一流の品である。


 しかし湯気の立つ湯飲みとお菓子をトレーに乗せ。

 戻って来た美しすぎる女性のの前では、どのような調度品でも、くすみ霞んでしまう。


 なお、部屋に入る前に、躊躇いもなくドレスの肩を滑らせ。

 それはそれは見事なお胸を拝見させてくれた女性だったが。


 ヴァイスが丁重に辞退すると、何事もなかったようにドレスを戻し部屋の中へと招き入れてくれた。


 既に自尊心を抑えるのが限界に来ていた彼としては、それすらも辞退したいと言うのが本音であったが。

 以外にも、部屋に入った女性からは、ふしだらで淫らな気配がまるで感じられなかった。


 まるで家に遊びに来た子供を、もてなしてくれている親戚の綺麗な叔母さんや、お姉さんのようである。


 因みに、彼と向き合うように上品な仕草で席に着いた美しすぎる女性だが。


 年齢は不詳である。


 あのクラリッサよりも若く見えるが、子供や少女では持ちえない甘い色香を身に纏っている。


 それにまだ数分しか一緒に居ないというのに、ヴァイスは何とも言えない安らぎを感じていた。

 それは母親から感じられる母性と言っても過言ではないのだが、かといってナタリアよりも年上かと言えば違うような気もする。


 何とも形容し難い、まさにこの世の者とは思えない、天女のような女性なのである。


 「はい、ど~~ぞぉ。ハーブティーでよかったかしら~?」

 「えっ、あ、はい。お気遣いなく……」


 すぐ帰りますからと言いかけ、ヴァイスは言葉と一緒にハーブティーを一口すすった。

 鼻を抜ける花の爽やかな香りと一緒に、ほのかな密の味が口の中へとファッと広がる。


 初めて飲むお茶なのに、なぜか懐かしさも感じられる。


 これは夢じゃなかろうか?と視線を上げてみると、真っ直ぐとこちらを見つめる、薄いエメラルグリーンの瞳と出会った。


 全てを見通した上で、ありのままを受け入れる。


 そんな気品と愛情が溢れる、優しさに満ちた視線を向けられ、ヴァイスの頭の中は真っ白になった。

 今ならば、どのような無理難題を押し付けられても、きっと頷いてしまうに違いない。


 「まぁ~まぁ~~、ワタクシの顔に何かついているのかしら~?」


 呆然自失のヴァイスを見て、何とも言えない幸せそうな笑みを浮かべた女性が。

 これまた見事な柄が描かれた小皿から、手入れの行き届いた指先で、赤い宝石のようなお菓子を一つ摘まんだ。


 そのまま自分が食べるのかと思えば、美しくて魅力的すぎる女性を前にして呆けたままの、ヴァイスの唇へと押し込んだ。


 あまりに自然な仕草であったため回避不可能。


 少しひんやりとする指先が、彼の唇に触れただけで胸がキュンと痛くなり。

 何をされたのかも分からないまま、口を動かして透明度の高いゼリー状のお菓子を味わう。


 「美味い……、なんだこれ、琥珀糖こはくとうとも違う……」


 なんとか、そこまで口にするも、ヴァイスの思考は夢の中。


 しかしそんな幸せを破るノックの音が、二人だけの部屋に響く。


 「お姉さま~。お客様がお待ちですわよ~~」

 「あらまぁ~~、もぅ~そんなに時間が経ったのかしら?本当にごめんなさいね。まだ、おもてなしもしておりませんのに……」


 ヴァイスが記憶しているのは、そこまでだった。

 気が付いた時には出口の前、天女に声を掛けられたロビーに立っていた。


 手にはなぜか、柄付きの紙に包まれたお菓子が握られている。

 まるでお使いを終えた子供だ。


 「あの……このお菓子が売っているお店を、教えてもらえませんか?」


 そんな彼を困ったような表情で見届けている、天女とは別の店の女性に、ヴァイスはボーーーっとしたまま、最後の質問をしたのだった。

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