第110話 黒塗りの馬車と暗い森
更に一時間ほど馬車に揺られて進み、そろそろ細長い森の中間地点に差し掛かったと思われる頃。
「ふぁ~~~あっ。眠くなって来た……」
ヴァイスアは大きな欠伸を一つした。
何とここに来るまで、一度もゴブリンどころか狼にすら出会わなかったのである。
元々、魔物が住んでいない事で有名だった平和な森なので、何ら不思議な事ではないのかも知れないのだが。
とにかく退屈であった。
しかも代わり映えのしない、薄暗い木で出来たトンネルが、ずーーーっと続いているのだ。
これだったら、クラリッサを連れて来れば良かったと、後悔するほど暇である。
なお、まだまだ一人では戦う事がままならない、Eランク冒険者のクラリッサだが。
今回はBランク冒険者のベレットと行動を共にしている。
今頃はローデンブルックの南西エリアで、ゴブリンの巣の討伐隊に加わっているはずである。
と言っても、大抵の場合がもぬけの殻らしいので、無駄足に終わる可能性が高い。
この期に及んで、未だにゴブリンの軍事行動を認めていないギルドであるが
流石にこのままではまずいと考えたのか、これまで確認されているゴブリンの巣を虱潰しにし始めた。
しかし何処にもゴブリンの姿は無く、無能な人間を嘲笑うかのように、各地で村が襲われる事件だけが起きている。
つまり、何処かにゴブリン達の根城があるはずなのだが、誰にも分からない状況なのである。
そしてまさに今、ヴァイスはゴブリン軍団の東エリアの根城を探しに来ているところだった。
と言っても、彼の体調はまだまだ万全とは程遠く、クラリッサを庇いながら戦うのは難しいため。
いつでも逃げ出せるように、今回は単独での任務となった。
「ああ、まずい……瞼が、ふぁーーあ。重い…………。何か食べて目を覚ますかな」
自動車と違い、ハンドルを握らなくとも馬が勝手に道なりに進んでくれるので、襲い来る睡魔が半端ではなかった。
ブラックの缶コーヒーでもあればと、ついつい考えてしまう。
そんな緩み切った昼下がり。
突如、静寂を切り裂く女性の悲鳴が響き渡り、それを追いかけて前方からけたたましい音が近づいて来る。
見れば、2頭立ての黒塗りの馬車が、ものすごい勢いでこちらへと向かって来ている。
しかも立派な御者台には人の姿が無く、一瞬だけ上から降り注いだ木漏れ日が、木製の座席に拡がった鮮血を浮かび上がらせた。
「まずい、止めないと……」
ヴァイスは手綱を掴んだまま腰を浮かし、どうすべきか考え始める。
前方から迫って来るのは、如何にも高級そうな馬車だが、馬は恐慌状態に陥り泡を吹いて制御不能。
何よりも大きな音を立てる車輪がぐらぐらと揺れていて、今にも外れそうである。
最善策は、すれ違いざまに黒塗りの馬車に飛び移って馬を止める事だろうが、今のヴァイスには出来そうもない。
なんしろ向こうの馬車は時速4、50キロは出ていそうだし、こちらも急いでいるので時速20キロは出している。
お互いが反対方向に進んでいるので、相対速度は最大で時速70キロとなる。
そのような状態で飛び移れば、黒塗りの馬車に衝突する事は避けられない。
それに今の彼の体は、とにかく衝撃に弱かった。
絶対に気絶する。
いや、そもそもいくら体が丈夫だからと言って、ただでは済まないだろう。
骨折で済めばいいが、打ち所が悪ければ死ぬ事だってあり得る。
などと考えているうちに、ヴァイスは腰に差していたバスタード・ソードを鞘から抜き放ちながら、今まさにすれ違おうとする黒塗りの馬車の前に飛び込んだ。
そのまま空中で体を思いっきり捻って、大きく伸ばした右手で剣を振り抜く。
微かな手ごたえが、切れ味の鋭い刀身から伝わって来たような気もするが、確かめる時間は無かった。
後は目と固く閉じて、運に任せるだけである。
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