第97話 友人と人助け
「なぁ~、ヴァイス。お前もちょっと遊んでこうぜ」
「いや、いいって。まだやる事あるから」
鍛冶屋からの帰り道。
ヴァイスは、背の低いウィルに太い腕を首に巻かれて迷惑していた。
現在、二人は歓楽街の通りから一本奥に入った、薄暗い小道を歩いている。
行きと同じ道なのに、同行者が美少女からクォーター・ドワーフに変わっただけで狭く感じられる。
勿論、ウィルが誘っているのは、女遊びである。
何でも、一仕事終えた自分へのご褒美らしい。
これまでにも、何度かウィルに誘われてはいるヴァイスであったが、ここまでしつこいのは初めてであった。
なお、一緒に来たはずのクラリッサは、鍛冶屋の周辺を探してはみたが、どこにも見当たらなかった。
あと魔改造された荷馬車を鍛冶屋に置いてきたのは、それを引く馬を連れていなかったからだ。
後日、取りに行く予定である。
「やっぱ、お前。クラリッサちゃんと出来てんだろ?」
「違うって」
「ならチェリーボーイか?」
「お前なぁ……いい加減……に、ん?今、悲鳴が聞こえなかったか?」
あまりのしつこさに、温厚なヴァイスの堪忍袋の緒が切れようとした時。
歓楽街がる路地とは反対の方角から、か細い女性の助けを求める声が聞こえたような気がした。
ヴァイスの脳裏にクラリッサの無邪気な笑顔が浮かぶ。
「そうか?何にも聞こえねぇ~よ?はっは~ん、そうやって逃げようとたって…………」
「静かに…………ッ!こっちだ!危ないから、お前は付いてくるなよ」
なおも付き纏おうとする悪友の太い腕から、ヴァイスはするりと抜け出し。
姿勢を低くした状態から、そのまま重心を前方へと移し、滑るようにして前進を開始した。
向かうは、人が1人通れるかどうかといった細く暗い路地。
足元には強烈な臭いがする水溜まりや、腐った果実や残飯などが散乱しているが。
気にせず不穏な物音が聞こえた方角を一心に目指す。
不規則に曲がる路地の途中には、木箱を積み上げただけの小屋などがあるが、お構いなしに乗り越えて進む。
そしてもう一度、糸のように細い女性の悲鳴が、はっきりと聞こえた時。
焦りが浮かぶ灰色の目に、ぬかるんだ地面に押し倒された女性と、男の広い背中が映った。
考えるよりも早く腰のバスタード・ソードを抜き放ち、血走った目でヴァイスが叫ぶ。
「何してるんだ!お前らっーーー!!!!」
今にも切りかかりそうな迫力に押され。
仲間の卑劣な行いを取り囲むようにして、ニヤニヤと傍観していた二人の若者が後ずさる。
しかし若くて痩せた女性を地面に押し倒し、無理やり股を開かせようとしている、体躯のいい男だけは違った。
ヴァイスが張り上げた大声に驚きもせず、落ち着いた様子でゆっくりと振り返り。
背後で剣を振り上げているヴァイスの事を人睨みする。
「あ゛あ゛?なんだ、ただのガキか。チッ邪魔すんな。後でゆっくり殺してやる」
なんと、髪を短く刈り上げた大男は、抜身のバスタード・ソードを見ても顔色の一つも変えず。
興味が無さそうに呟くと、何事もなかったかのように、再び被害女性の方へと向き直ってしまった。
女性の口を押えていた大きな手を放し、両手を使って震える細い脚を力任せに開く。
「イ゛ヤ~~~!止めてー…………。お願い……お願いします。まだしたことないんです……」
年の頃は十代前半だろうか。
クラリッサと同年代に見えなくもないが、痩せている分だけこちらの方が幼く見える。
それと長く伸ばした髪の毛の色は金髪ではなく、いたって普通のブラウンだ。
地味な服を着ているところを見ると、娼婦ではないのだろう。
ソバカスのある顔に涙を浮かべ、弱弱しく顔を振り、必死に大男の下から逃げようともがいている。
しかし、体重が2倍以上はある男から逃れる事は出来ない。
「ふざけるなーーっ!」
ヴァイスは相手が鎧こそ着てないが、腰から剣を下げている事を承知の上で。
男の脇腹に向かって、ブーツを履いるつま先を叩き込んだ。
あばらの一本でも折る勢いで蹴りを放ったつもりだったが、想像以上に硬い感触が返って来る。
危うく反動で、右足を操る魂の糸が切れそうになる。
それでもダメージがゼロという事はない。
「チッ、痛てーじゃねーか?ガキがいきがってるんじゃねぇよ」
苦々しげに唾を吐き。
女性の細い足を放した大男が、ゆっくりと立ち上がる振りをしつつ、勢いよくジャンプしてヴァイスに向かい下から殴りかかって来る。
見た目によらず、随分と素早い動き。
しかも左利きなのか、体の後ろに隠すようにして握りしめていた、左の拳で彼の顎を狙ってくる。
普通であったならば、二つのフェイントに引っかかり。
大振りなカエルアッパーを喰らって、盛大に吹き飛ばされる場面である。
しかし今のヴァイスには、相手の行動が手に取るように分かっていた。
肉体よりも先に、大男のドブ臭がキツイ魂が殴りかかって来たからだ。
大男が動き出すとほぼ同時に、軽くバックステップを踏み。
「俺はガキじゃない」
素早く下げたバスタード・ソードの切っ先を、伸びきった敵の顎に押し当てる。
何が起きたのか分からず、動いてしまった大男の無精髭を生やす皮膚が破れ。
赤い血が玉となって、鋭すぎる刃を伝い滴り落ちて行く。
「テメーーー、隊長に何しやがッ、グェ……」
大男からは、先ほどまでの
厳つい顔面を蒼白にしている。
そんな大男を助けようと、若い男が横合いから、ヴァイスにナイフで切りかかろうとしたのだが。
直後にゴーーーーンと頭から大きな音をたてて、そのまま白目を剥いて地面に崩れ落ちてしまった。
「ウィル……。それはやりすぎだろ」
どこから持ってきたのか、鉄製のごついフライパンを手に。
大男よりも太い腕を持つウィルが、若者の頭を後ろから思いっきり殴打したのである。
血こそ吹き上げてはいないが、脳挫傷で死んでいてもおかしくはない。
それを見たもう一人の若者が、血相を変えて逃げていく。
「で、どうすんだ?そいつ。こいつで思いっきり頭ぶん殴ってやろうか?」
「そうだな。じゃー俺はこれ以上悪さが出来ないように、アレを切り落とすとしよう。あっ、その前に剣を取ってくれ」
「OK~~。なら次は遠慮なくぶん殴るぜ!」
「ひぃ~~やぁ~~。やめ、やめてくれ~~~、剣はやる。やるからーーー、チンコだけは~~」
ギリリっと音をたて、黒光りするフライパンを握りしめたクォーター・ドワーフが。
自慢の筋肉を見せつけただけで、大男は失禁して逃げ出した。
律儀に腰から下げた剣まで置いて行っている。
「ふぅ~~。案外、だらしないんだな……。見掛け倒しってやつか?」
「それより、お前、いいのかよ?ありゃ、門番だぜ?」
何とかなったかと、ため息を吐き、見事な造りのバスタード・ソードを鞘に納めるヴァイスを見て。
珍しく素行の悪いウィルがヤレヤレと苦笑いを零している。
そしておもむろに拾い上げた剣の柄に彫られた紋章を、勇敢で正義感の強い長身でハンサムな友人に見せるのだった。
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