第96話 秘密兵器の産声

 「おっ、ちょうどいいところに来た。見てくれよこれ!」


 鍛冶屋の店先に幌付きの馬車が置かれていたので、もしやと気が付いてはいたのだが。

 なんと鎧よりも先に、荷馬車の改造が終わっていた。


 額に汗をかいたウィルが腕まくりをして、嬉しそうに完成したばかりの荷台をピカピカに磨いている。


 「どれどれ、おーーーなんだこれっ!前と全然違うじゃないか!!!」


 そして工作好きのウィルが、ただ幌を追加しただけでは終わらない事を、よく知っているヴァイスであったが。

 嬉々として幌で隠れている荷台を覗き込んでみると、歓声を上げずにはいられなかった。


 しばらくし。


 「いや~まさか、ここまでしてくれるとはね。追加料金を払わないとだな」

 「いいってことよ。それよりも、あれ?クラリッサちゃんは?」


 荷台に施された数々のギミックに夢中になり、男二人で話し込んでいるうちに。

 蚊帳の外となったクラリッサが、その場から居なくなってしまっていた。


 どうやら美少女には、男のロマンが分からないようであった。


 ~・~・~・~・~・~・~・~・~


 暖炉の炎が揺れる部屋の中。


 ヴァイスは四角いテーブルの上で何やら工作しながら、渋い顔で顎を撫でるウィルと話し込んでいる。

 その横には、友が淹れてくれたコーヒーが湯気を立てている。


 「ほら、こうして針金に短い針を巻き付ければいいんだよ」

 「そりゃー分かるけどよ~~。チョーーー作んのめんどくせーし。だいたいこんなの、何に使うんだよ?」


 ヴァイスが思うように動かない体で四苦八苦しながら、借りたペンチで作っている物、それは有刺鉄線であった。


 作り方は簡単で、2本の長い針金をより合わせて頑丈にし、それに先端を尖らせた短い針金を等間隔に巻き付けるだけ。

 俗に言うバラ線の事である。


 実は戦争映画の突撃シーンで、有刺鉄線が塹壕に張り巡らされていたのを思い出し。

 ヴァイスはゴブリンの襲撃から街を守るのに使えないかと考えたのだが。


 極秘作戦とあり、たとえ友人と言えど本当の事を話すことは出来ない。


 「ほら、畑や牧場を害獣や魔物に荒らされないように、これを柵に巻き付けるんだよ。棘に引っかかると痛いからな!」

 「ん~~~本当に効果あんのか?ネズミは防げないし、ゴブリンだって小せーから、こじ開けて入っちまうだろ?」


 ウィルの指摘はもっともであった。


 基本的に有刺鉄線で防ぐ対象は、人間やシカなどの皮膚が弱い大きめの動物である。

 大型の熊だけでなく、猪すら防げるか怪しい。


 それにゴブリンは悪知恵が働くそうなので、夜陰に紛れて侵入するだけなら可能であろう。


 ただし今回は、ゴブリンの襲撃を想定しているので。

 有刺鉄線で足止めしている間に、槍で突き殺せないかと考えていた。


 「いや、そうなんだけどさ……」

 「上から鳥避けネットでも被せりゃいいんじゃ」


 二人が話に夢中になっているところへ、唐突にシワガレ声が掛けられた。


 仲良くドアの方を振り向いてみると、そこには背が低いドワーフの老人が立っていた。

 手には年季が入った、大きなハンマーを持っている。


 「なんだ、爺ちゃんか。ほら、ヴァイスがスカラベ持って来たってよ」


 二人だけの楽しい時間に水を差され、むっとしたウィルがヴァイスから受け取った、黄金のスカラベが入った革袋を老人に向かって放り投げる。


 「こりゃ!素材は大事に扱わぬか!!!それにボン。オヌシその恐ろしさが分かっとらんじゃろ?」

 「なんだよ……。こんなの、ただ薔薇の蔦をまねただけじゃねーか」


 「はぁ~これだから、まだまだなのじゃよ」


 この時、ヴァイスは、老人が真の目的を見抜いている事に気が付き、表情に出すことなく驚いていた。


 彼はスプリング状に伸ばした有刺鉄線を3段重ねにして高さを稼ぎ、簡易的なバリケードを築こうと考えていた。


 そこへ防鳥ネットを被せると、何が起きるのか?


 まず獲物である人間を前にした野蛮で狂暴なゴブリンは、何も考えずにバリケードを乗り越え、人間に襲い掛かろうとするだろう。


 ある者は張り巡らされた細いネットに手足が絡まり思うように勧めず、強引にネットを振り払おうとして有刺鉄線で怪我をし。

 また別のゴブリンは、先に有刺鉄線で手や足が怪我をして痛みに驚き、慌ててその場を離れようとしてネットに絡まり転倒する。


 そしてどちらも逃れようと暴れているうちに、全身を有刺鉄線で傷付けられる負のスパイラルへとおちいる。

 場合によっては完全に絡み取られてしまい、身動きできずに出血多量で息絶えるゴブリンまでが出る事だろう。


 勿論、その間、人間サイドは槍や剣で攻撃し放題である。


 たった二つのアイディアが出会っただけで、これほどまでに恐ろしい兵器へと変貌する事に。

 ヴァイスは戦慄を覚えるのだった。

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