第95話 朝の目覚めと美少女

 ヴァイスは愛する女性の声が聞こえたような気がして目を覚ました。


 胸に淡い期待を抱き、ソワソワして部屋の中を見回すが、建て付けが悪い窓の隙間から風が入り込み。

 音もなくカーテンが揺れているだけ。


 誰もいない。


 昨夜は遅くまで、この部屋で仲間と作戦会議をしていた。

 サーラが戻って来ていれば、誰かしら気が付くはず。


 なお、夜の訪問者であるベレットは、クラリッサの目を気にしてか姉の部屋で大人しく眠っている。


 それと、今のヴァイスは寝不足なはずなのに、妙に頭が冴えていた。

 これならば、今日も元気に動き回る事が出来そうだと、気持ちを切替える。


 しかしベッドから出る時に触れたシーツが冷たい事に気が付き。


 (今頃、何しているかな……)


 と、考えてしまう。


 冒険に出ている間や、誰かと話をしている時は、彼女を思い出すことはほとんどない。

 だがこうして一人になると、どうしても……。


 (ダメだ。こんなことじゃ……)


 ウジウジしていても何も始まらないと、ヴァイスは洋服を着替えながら、今やるべきことを考えた。


 何しろゴブリンの襲撃を裏から操る悪魔を倒すためには、やらなければならない事が山のようにあるのだ。

 優先順位を間違えてはいけない!


 昨夜、ベレット達と話し合った内容を思い出す。


 まず敵が言葉の通じない魔物である以上は、戦いを避ける事は出来ない。

 しかも敵の規模だけでなく、居場所すら掴めていない状況では、戦闘時期すら不明である。


 だから急いで戦闘準備を整える必要がある。


 「あっ、そうだ。スカラベを届けないとだ」


 武器はドワーフの老人に譲ってもらった、切れ味抜群の長めのバスタード・ソードがある。

 しかし防具は汚れた、壊れかけの革鎧があるのみ。


 早くナイト・アントの甲殻を使った鎧を作ってもらわなければならない。


 それとヴァイスはゴブリンの襲撃に備えて、罠やバリケードを築くことが出来ないかとも考えていた。

 それに関しては、打って付けの人物に心当たりがあるヴァイスであった。


 ~・~・~・~・~・~・~・~・~


 「ねぇ、ヴァイスさん。またコーヒーだっけ?あの黒いのを入れてくれる?」

 「どうだろ。お爺さんから豆をどれぐらい貰えるかによるかな」


 後ろに手を組み下から覗き込むようにして、上機嫌でたずねて来た美少女に、ヴァイスは少しだけ考えてから答えた。

 別にケチケチするつもりはないが、出来る事ならサーラにも飲ませてあげたいと考えている。


 「ふ~~ん、そっか。ねぇ、なら今度、食事に連れてってよ」

 「あ~~それも難しいかも。少し計算してみたけど、全然お金が足りないんだよなぁ~」


 極秘作戦とあり、外で計画の事を話すことは禁止されている。

 それはクラリッサも知っているので、言葉足らずな会話でも意味が通じる。


 「え~~そんな…………」


 せっかくヴァイスの事を思い、命がけの作戦に参加する事を決めたというのに。

 今日の彼はいつにもまして素っ気なかった。


 今も二人っきりにで裏路地を歩いているというのに、彼は常に別の事を考えている様子。


 (つまんないの……)


 何の気なしに蹴った小石が道端で寝ていた猫に当たってしまった。

 シャッーーーっと威嚇され、慌ててヴァイスが羽織っている外套の裾を掴む。


 昨日と同じ外套を羽織った二人は薄暗い路地裏を通り、目的地である鍛冶屋へと向かっている。


 娼婦の子供である事を知られてしまったクラリッサであるが。

 やはり二人で歓楽街を歩くのには勇気が必要であった。


 しかしそちらを歩けばお金が集まる場所とあり、貴族やお金持ちが住む城壁の中にも負けない。

 美味しい料理を出す食事処や、女性に人気の甘味処などがある。


 それに安くて美味しいお菓子を売っている屋台を、美少女は知っていた。

 子供が買うには高いが、報酬が入った今ならば買えなくもない。


 失敗したかな?っと、ちょっぴり後悔する金髪美少女であった。

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