第74話 美少女と牧者

 「クシュン。まったく……。アナタの魔法はどうなっているのよ!(お尻だけでも恥ずかしいのに、オッパイまで見て……)」

 「いや、本当に悪かった。今回の報酬は全部、クラリッサにあげるから、それで許してくれないか?」


 焚き火に掌をかざし、赤紫色の外套にくるまったクラリッサが、うらめしげにヴァイスの背中を睨んで文句を言った。

 それを受け、頭をポリポリとかいたヴァイスが、頭を下げて謝っている。


 なお、洗浄魔法?というか全自動洗濯機?のような魔法の効果で。

 美少女は服だけでなく、金色の髪や白い肌など、全身がピッカピカになっている。


 勿論、乾燥までが終わっていて、ふわっと広がった豊かな金髪が、これでもかと贅沢な光沢を見せ。

 夕日を反射していて眩しいほどだ。


 とはいえ、日が傾き気温が下がってきたので、念のために暖を取っている最中である。


 「別に、そういうわけじゃないけど……。ところでさっきから何してるの?」

 「ん?ああ、コイツ、ゴブリンを飲み込んでたんだよ。だから魔石だけでも、いただこうかなって。あれ?狼まで食べてるし……、しかも丸呑みか。凄いな……」


 ヴァイスはクラリッサの身体が温まるまで、大蛇の解体に取り掛かっていたのだが。

 輪切りになった腹部から緑色の小さな手が出て来たので、それから魔石を取る事にしたのだ。


 無理やりゴブリンの細い腕をつかみ、死体を引きずり出してみると。

 長い毛が絡まったのか、一緒に狼までが付いて来た。


 「うわぁ~~、そこにアタシも入るところだったの……」

 「確かに、危ないところだったな。ん?何だこれ?」


 クラリッサの言葉に相槌を打っていたヴァイスは、ゴブリンの胸部から取り出した魔石を見て首を捻った。

 気色悪いマーブル模様はいつもと同じだが、丸みを帯びた魔石から、黒い結晶のような物が2本も伸びていた。


 「おお!お前さんたち~!バイパーを倒してくれたでか?」

 「「ッ!」」


 突如、背後から大きなダミ声で話しかけられ、若い二人はその場で飛び上がった。


 見晴らしのよい草原とはいえ、大蛇のような危険が潜んでいるため。

 二人は辺りに気配を配っていたつもりだったが、どうやら大蛇を倒したことで、完全に気が緩んでいたようである。


 その反応の大きさに、声を掛けた毛皮のチョッキを羽織った初老の男性までが、大きくのけ反り驚く。


 先に立ち直ったヴァイスが、差し支えのない言葉を選んで返事をする。


 「はい。急に襲われたものですから……」

 「んだか。災難だっだな~。だども、ありがて~~。ちょうどコイツの親が食われて困ってただよ」


 見れば牧者ぼくしゃの足元には、小さな白いヤギが居た。

 もう冬になったというのに、随分と小柄だ。


 「うわぁ~、カワイイ……」


 いきなり触ろうとしたクラリッサの白い手から、これまた白い小ヤギがひょいと飛び退く。


 なお、彼らが倒したこの大蛇は、ジャイアント・バイパーと呼ばれている。


 バイパーとは、クサリヘビ科の毒蛇を表す言葉なのだが、このジャイアント・ヴァイパーは大人になると毒がなくなる。

 代わりに、生まれた時点では大人のアオダイショウぐらいの大きさがあるのだが、餌を食べれば食べるほど大きくなる特徴を持ち。

 牛が丸呑みにされることもしばしば。


 しかし魔物ではないことから、倒してもギルドからは報酬が出ず。

 魔石も持っていなことから、冒険者からは討伐対象として見られていなかった。


 しかし放牧がメインの畜産業を営んでいる人間にとっては、この上なく厄介な生き物であった。

 とは言え、成長してしまうと素人が勝てる相手ではなくなり。

 泣く泣く牧場の所有者が冒険者ギルドに依頼を出すことになるのだが、そのような金があるはずもなく。


 こうして倒してもらえると、大変、ありがたいという訳である。


 「んだば、お礼と言ってはなんだが、これさヤルよ」


 そう言い、牧者が日焼けしたシワのある手で、ひょいっと小ヤギを抱きかかえた。

 そのまま美少女に手渡す。


 「えっ、本当に、いいんですか?」

 「遠慮せんでええよ。育ちが悪くて困ってたん……だわ?」


 クラリッサは可愛らしい小ヤギが手に入ったと、無条件で喜んでいるようだが。

 それを見守るヴァイスは、外出や遠征が多い冒険者がペットをどうやって飼うのかと、顔には出さずに頭を抱えている。


 今はなし崩し的にナタリアの家に住まわせてもらっているが、いくら小さなヤギとは言え、宿には連れていけない。

 一応、馬小屋に預けるという手段も無くはないが、それにだってお金が掛かる。

 それに小ヤギなんかを連れて歩けば、それこそ狼を呼び寄せるようなもである。


 一方、何も知らないお人良しの冒険者に厄介者を押し付けた牧者は、美少女の顔を見て何かを思い出そうと、渋い顔をして頭をひねっている。

 なおこの小ヤギは生育不良でガリガリなため、ほとんど価値はない。


 「ん?どうかしましたか?」

 「おっ!思い出した。お前さん、シエラんとこのクリスでねーか?」


 まるで壊れ物を扱うように、そっと小ヤギを抱えていたクラリッサが、無精髭を生やしている牧者の顔を不思議そうに見た瞬間。

 シワに覆われている牧者の顔が輝いた。


 間違いないとばかりに、美少女の華奢な肩を手でつかみ話し掛けている。

 どこか、興奮しているようにも見える。


 「ッ…………」

 「オラだよ。ほら、よく娼館でチーズをやったでねーか。ちっこかたから、忘れちまっただか?」


 そして当のクラリッサは、牧者が口に出した名前を聞くなり、驚きに明るい色の瞳を広げ。

 サッと白い顔を背けた。


 乾燥したまま放置されていた金色の髪が、目鼻立ちのハッキリした顔を覆い隠す。


 「あの……すいません。多分、人違いかと」

 「んなわけねーー。オラ、こう見えても物覚えがええんだ。それにオラの娘かもしんねーんだど?!」


 ”娼館”と”娘”その二つのキーワードから、ヴァイスは全てを察した。

 しかしここは、彼女のためにも認めるわけにはいかない。


 「人違いと言ってるじゃないですか。彼女は冒険者ギルドで受付をしてましたし、今は冒険者なんですよ?あまりしつこいようでしたら……」

 「ッ…………」


 穏健なヴァイスとしては不本意であったが、彼は剣の柄に手をかけた。

 それを見た牧者が、さっと美少女の肩から手を引く。


 「では、僕たちはこれで」

 「待ってくれ……」


 さり気なくクラリッサの肩にそっと手を回し、ヴァイスが立ち去ろうとしたところで、なおも牧者が話しかけて来た。


 「まだ何か?」

 「よがったら、ウチに泊まってかねーか?いや、変な事はしねーよ……。ただバイパーの礼がしてーだけでさぁ~」

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