第72話 美少女に降りかかる災難(2)

 「痛った~~い。優しく塗ってよね……。あっ、でも絶対に見たらダメだからね!」

 「分かってるって。だから動くなよな……」


 草原のど真ん中、丈の長い草むらに隠れ。

 若い男女が仲良くしゃがみ込んで、何をしているのかというと。


 ヤマアラシの針が刺さってしまった、美少女のお尻に軟膏なんこうを塗ろうとしているところだ。


 しかも刺された場所が場所とあり、ヴァイスが着ていた外套を地面に広げ。

 その上で美少女が四つん這いになっている。


 勿論、患部に直接軟膏を塗らなければ効果がないわけで……。


 なんと、可憐な美少女クラリッサは、赤紫色の外套をめくって背中に乗せ。

 ホットパンツのような茶色い短パンを太ももまで下げていた。


 まぁ、その下にも異世界らしい下着を付けているにはいるのだが……。


 なお、花も恥じらう美少女とあり、最初は自分で軟膏を塗ると言い張っていたのだが。

 肝心の患部ではなく、あの、その……もっとも敏感な場所へ間違えて塗ってしまったようなのである。


 異世界の軟膏は効果は高いのだが、現実世界のように肌には優しくない。

 自ら急いで軟膏を拭き取っていようだが、かぶれないかな?とヴァイスは心配している。


 そして美少女はプンプンと文句を言いながらも四つん這いになり。

 現在に至るというわけである。


 一方、ヴァイスはヴァイスで、異形のゴブリンに与えられた怪我の影響で。

 繊細な動きが困難な状態であった。


 しかも見てはいけないとなると目を固く閉じて、手探りで患部を探すしかないわけなのだが……。


 「アァッン!エ、エエエ、エッチーー……!ど~、ど~、どこ触ってんのよ……(感じちゃうじゃない。……バカ)」

 「変な声出すなよ……。こっちが恥ずかしくなるだろ……」


 てな具合である。


 「だって、出ちゃうんだから仕方がないでしょ~……。ちゃんと、ちゃんと刺されたところだけを触ってよね!」

 「いや、ソレ絶対に無理だから……。せめて見られるか、触られるか、どっちか選んでくれないかな?」


 どのような困難でも、知恵を振り絞り立ち向かうヴァイスであったが、流石に今回ばかりはお手上げであった。

 これだったらジャイアント・アントの巣に、一人で放り込まれた方が楽だとすら思っている。


 それに例え見ていなくても、美少女が上げた何とも言えない甲高い声と。

 指先から伝わるツルッとして濡れた感触があれば。

 彼が何処を触ってしまったのか想像するのは容易であった。


 顔を真っ赤に染めているのは、美少女だけではないのだ。


 「なら、少しだけ見ていいから……、急いで塗ってよね」

 「お、おう、分かった。なら見るぞ……いいんだな?本当に……」


 「バカ、確認しないでよ!……余計に恥ずかしくなるじゃない。あっ、もしかしてヴァイスさん。アタシの格好を見て欲情してるんでしょ?!」

 「なっ……何を、バババ、バカ。こ、ここれは医療行為だから、そんな気分になるわけ……」


 ”なるわけがない!”と、ヴァイスは言い切りたかったが。

 股間の膨らみだけは誤魔化しようがないのだった。


 ~・~・~・~・~・~・~・~・~


 「クッ、シュン……、も~~風邪を引いたら、どうしてくれるのよ……」


 ヴァイスに背中を向け、赤紫色の外套を羽織り終えたクラリッサが、小さなクシャミをした。

 試行錯誤したあげく、結局は彼女の宝玉のような白いお尻を拝むことになってしまった彼だが。


 ポツっと赤く腫れた患部だけに軟膏を塗ろうとすればするほど、指先がプルプルと震えてしまい。

 余計に時間が掛かってしまったのだ。


 しかも患部は一箇所や二箇所ではないわけで……。


 「いや、悪かった。でも……」


 彼としては、”でも、しょうがないだろ”と体が不自由な事を理由にしたかった。

 だが、それは言い訳でしかなく、”すまない”と素直に謝るのだった。


 そんな感じで、微妙な空気の中、二人は薬草採取を再開したのだが。


 「ヴァイス……さん。何か……居る……」

 「ああ、分かっている。ゆっくりと下がるんだ……気づかれるなよ」


 流石に気まずさを覚え、ヴァイスは美少女から5mほど離れた所で、薬草を摘んでいたのだが。

 薬草を探すことに夢中になり、再び四つん這いになった美少女の前方から、カサカサっと短く音が聞こえたのだ。


 そこは丁度、繁みになっていて中の様子を見ることが出来ない。


 しかしそれは、時折吹く冷たい風が草木を揺らす、規則正しい音とは違い。

 生物が身じろぎしたことで、一時的に草と体が擦れた結果、しっかりと出た音であった。


 ヴァイスの指示に従い、息を飲んだ美少女がゆっくりと。

 白くて細い腕と脚を交互に動かして、音を立てないように後退りを開始する。


 しかし人間も、動けば草や服と擦れてしまう。

 それに今は初冬とあり、青々と茂る草の下には、枯れ草が横たわっていた。


 思っていた以上に、ガサガサっと大きな音が立ち。


 シャアーーーー!!!!


 っと、驚くほど大きな大蛇が、茂みの中から鎌首を持ち上げた。

 まだ長さは分からないが、胴回りは細身の人間ほどもある。


 しかも獲物が美味しそうな美少女と見るやいなや、頭部を後ろに曲げて縮み。

 その直後に、放たれた矢のごとく、前方へ向かい飛びかかったのである。


 「キャーーーーーーー!!!!!」

 「ッ、頼む……届け!」


 その一部始終を、息を呑んで見守っていたヴァイスは、大蛇よりも先にクラリッサに向かって駆け出していた。

 しかし急加速が出来ない分だけ、遅れをとってしまう。


 それに引き換え、相手は爬虫類である。

 人間などでは到底及ばない敏捷さを見せ。

 大きく開けた口で、美少女を頭から飲み込もうと躍起になっている。


 絶対に届かない……と、ヴァイスは自分の剣よりも大蛇の鋭い牙の方が先に、美少女の頭部に到達すると予見した。

 すると何を思ったのか、彼は前触れもなく抜き放ったバスタード・ソードを、なんとそのまま投げてしまった。


 銀色に輝く両刃の剣が、まるで草の上を滑るようにして綺麗な孤を描き。


 美少女と大蛇の大きな顔に間に割り込み。

 スパッと音を立てて、大きく開かれた大蛇の上顎と頭部を切り飛ばす。


 放心状態のまま、ちょうど同じ高さにあった金髪に覆われた頭に、大蛇の切断面から吹き上がった鮮血を浴び。

 美少女の真っ白な陶器のような肌の上を、赤黒い液体が水滴となって転げ落ちていく。


 そしてもう一度、我に返った美少女が、血濡れの絶叫を初冬の空に向かって放つのだった。

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