第71話 美少女に降りかかる災難(1)
ヴァイスがこの草原を選んだのは、柵こそは無いが牧草地であるからだ。
元気一杯なクラリッサは、まるで小鹿のように跳ねながら薬草を探し回っているが。
牧草地だけに、牛や山羊のアレと思われる黒い物体が、アチラコチラに落ちていたりする。
「あまり遠くに行くなよ~~!」
「分かってる~~♪キャーーッ」
冷たい風に載せて声を届けたヴァイスに、元気よく手を振返した美少女が、何かを踏んでひっくり返った。
それでもめげずに採取を続けているところを見るに、彼が受けた
ヴァイスがクラリッサを初めて見たのは、冒険者ギルドであった。
確かあの日は白とピンクのドレスに身を包み。
カウンターの向こうで澄ました顔をして書類とにらめっこしていた。
だから、てっきり育ちの良いお嬢様だと思っていたのだが……。
「ヴァイスさ~ん。有りましたよ~♪」
外套の袖が捲れ、そこから伸びる真っ白の手に、紫色の薬草をワシ掴みし、美少女が喜んでいる。
「あっ、それ。手が染まるから素手で掴んだらダメなヤツだよー……」
「えっ、そうなの!?早く言ってよ~……」
通常、一番ランクが低い冒険者の主な仕事は、薬草採取がメインとなる。
それは体格に恵まれているヴァイスといえど、例外ではなかった。
しかも彼は転生者であるが故に、ポーション作りに使われる薬草の知識がゼロであった。
だからギルドの別館にある資料室で本とにらめっこして、必死に覚えたものだが……。
「はぁ~、仕方がない。一緒に採取するか……」
採取を初めてから20分、既に彼は3種類の薬草を見つけている。
そのうちの一つが、今回の依頼にあった薬草である。
なお、今回もクラリッサが依頼を受けてきたのだが、欲張って3枚もの依頼書を持って帰ってきた。
しかも報酬が少しだけ高い、個人からの依頼ばかりである。
ギルドから出される採取依頼は大量生産向けなので採取する数は多いのだが、種類が少ないという特徴がある。
だからターゲットとなる薬草の群生地を知ってさえいれば、効率よく稼ぐことが出来る。
一方、個人の薬師からの依頼は報酬が割高な分、薬草の種類が多かったり、納期が厳しかったりする。
そして今回は個人からの依頼ばかりで、合計10種類もの薬草を探さねばならなかった。
しかも一番短い納期は明日である。
だから手分けして広範囲を探す作戦に出たのだが……、肩を並べて探すはめになるとは。
「キャッ、痛った~~い。何よこれ!」
心のなかで重々しい溜息を吐き、美少女の元へ目的の薬草が生えてないか探しながら歩いていると。
前方から小さな悲鳴が聞こえてきた。
何事かと顔を上げてみると、クラリッサがお尻に刺さった何かを抜いて、細長い棒状の物を睨みつけていた。
「うわっ、なぜ確認しないで座ろうとするかな……」
幸い赤紫色の外套の上から刺されたようで、深くは刺さってなさそうだが。
細長い黒い針の先端が白くなっているのは、ヤマアラシの物である。
未だに美少女がピンピンしているところを見るに毒はなさそうだが。
この世界にはヤマアラシの形状をした魔物も存在する。
まだヴァイスは戦った事がないが、噂では猛毒を持っているという。
(やれやれ、どこから教えればいいのだろうか……)
前途多難な、美少女との薬草採取であった。
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