第67話 仮想空間でもトレーニング(2)

 ゴブリンの次に現れたのは、青みがかった毛に覆われた2匹の狼であった。

 ただの野生動物にも関わらず、いや、野生動物だからこそ警戒心が強く。

 闇雲に攻撃を仕掛けてくるゴブリンとは一味違う。


 今も、剣を構えるヴァイスから十分に距離を取り。

 ゆっくりと左右に歩きながら、こちらの隙を伺っている。


 「さて、どうするかな……」


 これまでに彼は3度、この2匹の狼に挑んでいる。

 だから、攻撃パターンが分かっているのにも関わらず、結果は全敗であった。


 まずより勇敢な方の狼が、彼の後ろに回り込み、死角から攻撃を仕掛けてくる。

 それを紙一重のところでかわし、敵の攻撃線上に置いてきた剣を横薙ぎに払い、1匹目の狼を葬る。


 そして別の方角から攻撃して来る、2匹目の攻撃を躱すことが出来れば勝利する事が出来るのだが。

 2匹目は彼の死角となる左背後から、右手に持った剣を振り切る前に襲って来るのだ。


 健康な時の体であったならば、無理やり体を捻ったり、サイドステップを入れたりして躱すことが可能だろう。

 しかし今の体でそれを行うと、手足を動かす糸のような感覚がプツリと切れてしまうのだ。


 また彼は、一度でも敵の攻撃を喰らえば負けとする、縛りルールを自らに課していた。

 それは訓練の難易度を上げるためでもあるが、愛する女性の負担を少しでも軽くしたいと願う事から来る厳しいルールであった。


 そして今回も、解決策を見いだせないまま、ヴァイスは敗北するのだった。


 「あっ、ヴァイスさん!」


 明るい美少女の弾む声に出迎えられ、ヴァイスは目を覚ました。

 左足には狼に噛みつかれた感触が鮮明に残っているが、心地よい揺れが彼を慰めてくれる。


 「あれ……?ここはウィルの家?かな」


 ヴァイスは自分がロッキングチェアに座らされている事に気が付き、慌てて部屋の中を見回した。


 丸太を積み上げただけの素朴な造りの壁が見え、暖炉から伝わる暖かな熱気を頬に感じる。

 それと煙が混ざった木の香りが、なんだか新鮮だ。


 なお、ロッキングチェアとは、椅子の足に湾曲した木の板が取り付けられた椅子を指し。

 それに腰を掛け、床に付いた足を蹴ったり、背もたれに反動を付けて寄りかかったりすると、前後に揺れる仕組みになっている。


 その心地よい揺れはまるで揺り籠のようで、大人の心にも安らぎを与えてくれる。


 「うん。この椅子もウィルさんが作ったんだって」


 と言っても、ヴァイスは気絶していたので、椅子を揺らしてくれていたのは美少女のクラリッサであった。

 物珍しかったのか、今も背もたれを掴む右手に力を込め、揺らし続けている。


 しかも肌寒かった外とは違い、暖炉の火で温められた事で、美少女は赤紫色の外套を脱いでしまっていた。

 揺れ動くオレンジ色の光に照らし出される、陶器のような白い肌は、何度見ても目の毒である。


 (これは……、ウィルが大喜びだな……)


 そんなヴァイスの心の声を聞きつけたのか。

 クォーター・ドワーフのウィルが、湯気の立つカップを二つ持ち戻ってきた。


 心なしか頬を赤く染め、ロッキングチェアに寄り添う美少女から目を反らしている。


 (まさかコイツ。本気でクラリッサに惚れたのか?)


 元々ヴァイスは客の1人に過ぎなかったが、マニアックな注文ばかりするものだから。

 工作好きのウィルと意気投合し、歓楽街に誘われるまでの仲になっていた。


 と言ってもヴァイスは真面目なので、そのお誘いを丁重にお断りしている。


 なお本人の話では、1晩で3人切りが最高だとか。

 どのようなシステムになっているのかは不明だが、遊んでいる事だけは確なようである。


 そんな男が恥じらう姿は、もはや滑稽でしかない。


 しかし今のヴァイスにとっては、そのような事はどうでもよく。

 鼻孔をくすぐる、懐かしさを覚える豊かな香りに、灰色の目を輝かせているのだった。

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