第66話 仮想空間でもトレーニング(1)

 魂と肉体が切り離されたヴァイスは、イメージ空間で戦闘訓練をする事が出来る。


 何時治ると分からない病の事を考えるよりも、この状況を受け入れ。

 まともに戦えるようになる方法を探した方が有意義であると。


 なお、夢と同じような空間だからか、時間という概念が曖昧で。

 彼自身にも、いつ意識が元の世界に戻るかは分からない。


 そして今。


 縦横無尽に空を飛ぶ、銀色のナイト・アントの攻撃を交わし続け。

 ようやく、地面すれすれの位置から振り上げた剣で、敵の右前足にある鎌を切り飛ばす事に成功したところである。


 そのダメージでバランスを崩し、地面に墜落したアントに駆け寄り。

 なめらかな動作で羽根に斬りつける。


 「よし!こんなところかな」


 ここまでくれば勝利は確実であった。

 時間を効率的に使うため、傷付いたナイト・アントには退場してもらう。

 光の粒子となって消えるさまは、ゲームさながらである。


 そしてこの戦いはヴァイスにとって、第一関門の突破を意味していた。

 なぜなら、彼がこの世界に来てから戦った魔物の中で、一番強い敵がナイト・アントだからである。


 この空間では敵の姿形だけでなく、動きまでもが彼の記憶から再生されているため。

 これ以上の強敵を知らない彼からは、これ以上の強敵が生まれることはない。


 勿論、想像すれば、さらなる強敵と戦うことも出来るのだろうが。

 転生者であるヴァイスにとっても、この世界はゲームではなく現実なのである。


 つまり一戦一戦が命がけであり、少しでも勝率を上げるための、実用的な訓練が求められている。


 またいくら訓練を積んでも、限られた情報から作られたシミュレーションである以上は、実戦でも上手くいくという保証はない。

 ただ昆虫類の攻撃パターンは単調なので、問題はないとも考えられる。


 それにこれは、操り人形の状態でも戦う方法を探すための、一時的な対応に過ぎず。

 細かい事を気にしても仕方がないのであった。


 それでもヴァイスは、この仮想空間での戦闘から、多くの事を学んでいた。


 特に敵の動きを分析するだけでなく、自分の動きを客観的に見る事は、動きの無駄を省くのに有意義であった。


 例えば、急激な方向転換がきかない体は大きな弱点であるが。

 それを回避するための滑らかな動作は、剣の冴えとでも言うべきものに繋がってくれた。


 このままいけば、前よりも強くななれるかも?という手応えすら感じていたりする。


 しかし問題は第ニ関門であった。


 肩幅よりも少しだけ足を広く開き、剣を構えるヴァイスの前に2匹のゴブリンが現れる。

 ご丁寧に左側に立つ敵は骨を削った短剣を握り。

 その隣では平たい石を棒に括り付けただけの斧を手に構えている。


 しかも斧を持っている方の体が一回り大きく、動物の骨を使い鼻ピアスまでしていた。

 なかなかの再現度である。


 しかし所詮は、欲望のままに人間を殺す事しか考えないゴブリン。

 我先に、ほぼ同時に斬りかかったところを狙いすまされ。

 通常よりも長いバスタード・ソードの一振りで、あっさりと両断される。


 体液を撒き散らしながら、崩れ落ちる前に粒子となって掻き消える。


 「ここまでは良いんだよな……。ここまでは」


 そう、これまでも、第一関門で行き詰まったヴァイスは、気分を変えるために第ニ関門に挑戦していた。

 しかしこの次に現れる敵に、どうしても勝てずにいるのだった。

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