第65話 美少女と汚れた男(2)

 「おい、起きろヴァ……ス。いつま……寝て……じゃね~!」

 「う、うぅ……」


 硬い手に頬を叩かれ、名前を呼ぶ野太い声を耳にし、ヴァイスは意識を取り戻した。

 後頭部に同じ人間とは思えないほど硬い筋肉を感じた事で、最悪の目覚めとなる。


 しかし今日の彼には美少女が同行していた。


 「よかった、ヴァイスさん。ところで、なんなんですか?この筋肉ダルマは?」


 ほっとした声を出したクラリッサは、何か危険なものを感じたのか、2人の男から少し離れた所に立ち。

 まるで魔物でも見るような目付きで、ウィルの事を睨んでいる。


 「ははは、そりゃーいい。この筋肉ダルマはウィルだよ。一応、鍛冶師だけど女あそ……」

 「お前、余計なことを言うな。また気絶させるぞ!」


 彼女の元気でよく通る声を聞き、意識がハッキリしてきたヴァイスは。

 男の膝枕から逃げるべく、ゆっくりと上体を起こそうとしたのだが。

 余計な事を口にしようとしたとたんに、ウィルに口を塞がれてしまった。


 更に小声で脅しまで受けているが、このままでも十分に気絶することが出来そうである。


 何しろ今のヴァイスは、体と魂の繋がりが希薄で、ちょっとした衝撃でも気絶してしまう恐れがあった。

 あと完全に繋がりが断たれてしまうと、復旧するまでに時間がかかってしまう。


 「もう本当に止めてください。私達、これから採取に行くんですよ?また寝込んでしまったらどうするんですか!」

 「お、おう、わり~~。つい、コイツと居るとフザケちまうんだ。勘弁してくれよな」


 仁王立ちになった美少女に見下され、タジタジとなったクォータード・ワーフのウィルが。

 ペコペコと謝罪をしながら、グッタリとしたヴァイスを力強く立たせてくれる。


 しかしその間も彼の耳元で、ウィルが話しかけてくる。


 「てことは、お前の女じゃないんだよな?」

 「当たり前だろ。クラリッサは仲間だよ」


 やれやれと、小声で回答したヴァイスは、友の必死な顔つきを見て思うのだ。

 なぜ男という生き物は、美少女に弱いのだろうかと。


 勿論、ヴァイスも男なので、視界の片隅にクラリッサの姿を捉えると。

 自然とそちらへ視線が向いてしまう。


 しかしそれは山登りの最中に、綺麗に咲く野草を見つけた時と同じ現象であり。

 彼はその花を摘んで、持ち帰ろうとは思わない。


 大自然の中で咲いているからこそ、花は美しいのだ。


 「だと思ったぜ!やっぱお前はイイヤツだな」


 バシバシ


 ふっ……。


 「あっ、また……。ヴァイスさーーーーん!起きて~~」


 鍛治師の大きくて硬い手で、思いっきり背中を叩かれてしまい。

 ヴァイスは再び気絶してしまった。


 慌ててクラリッサが彼に縋りついて叫んでいるが、ヴァイスには届いていない。


 その頃、ヴァイスの意識は何もない空間に浮かぶ、体育館ほどの広くて大きな部屋に立っていた。


 実はこの気絶は普通とは違い。

 魂と体が切り離されるだけで、今もヴァイスの意識はハッキリしていたりする。


 ただ外界との繋がりが断たれた状態。


 また感覚的には体がフワフワとしていて夢の中に居るような感じなのだが。

 意識があるため物事を明確に考えられるし、雑音が無いぶん知覚力も上がっていた。


 それに鮮明にイメージする事も出来る。


 だから今は、右手に銀色に輝くバスタードソードを握り。

 現在は所持していない亀の甲羅から出来ているカイトシールドを、左手に装備して構えている。


 そして、そんな彼の目の前には、強敵ナイト・アントが佇んでいるのであった。

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