第64話 美少女と汚れた男(1)

 すえた臭いが鼻を突く、薄暗い裏通りを抜けると開けた場所に出た。


 まるで冬の寒さに耐えるように身を寄せあっていた荒家あばらやがパタリと途絶え。

 そこには枯れ草と冬の雑草に覆われた、丘や平地だけが広がっている。


 そんな北から吹く冷たい風を遮る物が無い場所にも、農家や納屋、馬小屋などがポツポツと点在している。


 そしてヴァイスが目指す場所は、花街の終点からほど近い所にあり。

 その賑わいにも負けないほどの熱い煙を、天に向かって真っ直ぐ伸びる煙突から、もうもうと噴き上げている。


 何時もとは違う裏路地から来たこともあり。

 ヴァイスは店の裏側に隠れるようにして建つ、石造りの工房を目にすることが出来た。

 中から響く鋼を叩く音に胸を踊らせる。


 しかしそこは職人の聖域と、彼は足を踏み入れようとは考えていない。

 表へまわり、目的の人物を探す。


 「おっ、居た」


 何時もなら、店先で売り物を磨いたりしているのだが。

 ヴァイスと同じように工房の中が気になるのか。

 今は店の裏口から見える所で、背伸びして小さな窓から工房の中を覗き込んでいる。


 このままズカズカと店の中を突っ切り、ウィルに声を掛けようか。

 それともこちらに気が付くまで商品を物色してようかと悩む。


 何もする事が無い日ならば、間違いなく物色し始めるところである。

 何しろ友が作るものは一品物が多く、何に使う道具なのか想像するだけでも楽しかった。


 しかし今日は、


 「ヴァイスさん。もしかしてここって道具屋さんですか?」

 「ん?そうだよ。あ、ごめん。言ってなかったね。実は……」

 「おっ、ヴァイスじゃないか!何だよ、今日は彼女を連れてきたのか!!!」


 2人の話し声を聞きつけたのか、店をほったらかしにしていたウィルがもの凄い勢いで飛んできた。

 背が高いヴァイスの首に腕を回しヘッドロックを決め。


 そのまま店内へと彼だけを連れ込む。


 「お前、あんな可愛い子、何処で捕まえたんだよ?!羨ましすぎるぞ!!」

 「いや…………くっ、苦しい……」


 ウィルの平均より少し背が低いだけで、外見はほとんど人間である。

 しかし鍛冶屋だけあり筋肉量が多く、ドワーフの血を継いでいるだけに、見た目以上にも力が強い。


 一方のヴァイスは、普通に歩けるようにはなったが、まだまだ全快には程遠い状態なのである。


 それでもクラリッサに勝てたのは、鍛錬の成果が効果的に発揮されたのと。

 まだ一人前になっていない、美少女の攻撃が読みやすかったからである。


 しかし今回のヘッドロックは完全に不意打ちであった。

 仲がよい相手だとの油断もある。


 しかもヴァイスは身長が高いだけに、ヘッドロックを食らった時点で、急激に腰を折り曲げられてしまった。

 早くも手足を動かす糸のような感覚が、プツリと切れてしまっている。


 だから抵抗することが一切出来ないまま。

 小声で悔しがるウィルに良いように体を左右に揺さぶられてしまい。

 ウィルの言葉を否定する事すら出来ずにいた。


 「くっそ~~なんで俺には嫁さんが出来ないんだ……」


 首の締め付けが一層強まり、気が遠くなり始めたところで。


 「乱暴は止めてください。ヴァイスさんは、まだ本調子じゃないんです!」


 ヴァイスを助け出すべく駆け寄ったクラリッサが、ウィルの太い腕に華奢な腕を回し。

 体全体を使い二人の男を引き剥がそうと頑張っている。


 しかし華奢な身体付きをした美少女が、クオーター・ドワーフの鍛冶屋に力で勝てはずがなく。


 更に駆け寄ったはずみで赤紫色のフードが脱げてしまい。

 金髪を綺麗に纏め上げた可憐な小顔を晒していた。


 返ってウィルを興奮させる羽目に。


 (うぅほっ~~、美少女が!美少女が俺に話しかけて来たーーー!!!やべーーーー、超カワイイーーーー❤❤❤)


 流石に女性の前とあり、ウィルは感想を声には出さなかったが、胸の中では盛大に叫んだ。


 冬の陽光でも眩しい輝きを放つ黄金色の髪と、雪のように透き通る白い肌。

 それだけでも十分に魅力的だというのに、小さな顔の中にバランス良く配置された、大きな瞳や赤い唇が彼の心を掴んで離してくれない。


 自慢ではないが、ウィルはこれまでに両手の指だけでは足りない程、多くの遊女と遊んでいる。

 しかもこの花街は、街の象徴ともいえる城壁の外側に広がる貧民街にあるにも関わらず、貴族がお忍びで来る程にレベルが高く。


 ここローデンブルックの隠れた観光名所でもあるのだ。


 その直ぐ側に住む彼が選りすぐった女達が醜いわけがなく。


 しかしそれに負けないほど、クラリッサの小さな顔は整っていて、とにかく可憐なのだ。

 しかも遊女とは全く別物の、幼さと同義の純真な雰囲気を纏いるのだから堪らない。


 その二つがうまい具合に調和した事で最大限に発揮された魅力は。

 ウィルの汚れた心を撃ち抜くだけにとどまらず、綺麗さっぱり浄化するのだった。


 なお、そんなクオーター・ドワーフが心のなかで雄叫びを放ったはずみで、キュっとヴァイスの首を締めてしまっているのだが。

 それは次の話し……。

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