第63話 二人っきりの冒険に出る前に
ゆったりとした動作でも、一歩一歩の歩幅が大きい、背が高い男性の後ろを。
赤紫色の外套を頭から被っている美少女が、ちょこまかと足を動かしてついて行く。
「どうした?ほっぺを膨らませて」
「別に……」
冬には珍しく晴れ渡った空とは対象的に、フードの中に隠れている美少女は膨れっ面をしている。
想い人に不機嫌なことを悟らせまいと、フードを深く被っているのに無駄であった。
今、クラリッサが羽織っている赤紫色の外套は、ナタリアが若い頃に使っていた物で。
色味だけを見ると落ち着いていて地味に感じるかもしれないが、洋服店を営んでいるだけありセンスが良く。
襟のデザインや、袖口の刺繍が可愛らしく、とてもお洒落な一品である。
しかしどうしても、クラリッサには喜べない理由があった。
(せっかくお買い物デートが出来ると思ったのに……)
そこで、どうしてもヴァイスと外套を買い物に行きたかった美少女は。
ナタリアに対し冒険者にはもったいない、汚したら悪いからと言い募り、必死に辞退しようとしたのだが。
なら、あげるから遠慮しないでね♪と押し切られてしまったのである。
しかも相手はヴァイスを狙っている女性の1人であった。
「似合っていると思うぞ」
「えっ、ほんと……かな?ちょっと地味かな~って思ったんだけど、なら良かった♪」
一方、女心に疎いヴァイスであったが。
お喋りで元気なクラリッサが、ナタリアの店を出てから、ずーーっと黙っていた事から。
美少女の機嫌が悪いことには気付いていた。
しかしその原因の大元が自分である事を知らない彼は。
とりあえず赤紫色の外套を褒めてみたのだが、予想以上にクラリッサが機嫌が良くなり驚いている。
更に何処が似合ってるの?とか聞き返されたらどうしようと、内心では焦っていたりする。
急いで話題を変えるべく、ヴァイスが頭をフル回転させる。
「あっそうだった。ちょっと寄りたい所があるんだけど、いいかな?」
「うん。いいよ♪(キャ~~~、ヴァイスさんに褒められちゃった~♪このまま宿屋に連れ込まれたら、どうしよ~~)」
軽やかな足取りで、再び浮かれ始めた美少女に、またもや想定外のことが起こる。
「えっ、ヴァイス……さん。本当にここに来たかったの?」
「そうだよ。少し歩くけどね」
ヴァイスが美少女を連れてきたのは、大通りから1本入った所にある通りであった。
旧市街地を囲む城壁の外に広がる下町は大通りでも木造建築が多く。
不揃いな家が所狭しと建てられていて雑多な印象を受ける場所である。
しかも裏通りとなると、いわゆる
彼が連れてきたこの通りだけは、同じ高さの2階建ての家が、通路の両脇に効率的に配置されている。
とても貧民街とは思えない。
そして冬が始まったというのにそこだけは明るく。
因みにこの路地へと入る大通り周辺が、飲み屋街となっていて。
そこで酒を飲み、気が大きくなった男が、女房の目を盗み女遊びをする場所なのである。
流石に
店の前はそれなりに綺麗に片付けられていて。
暖炉の熱気で曇ったガラス越しに、赤いカーテンが怪しく揺れているのが見え。
耳を澄ませば、女性の艶めかしい甲高い声までが聞こえる。
そう、ここは異世界の花街なのである。
例え焦げ茶色の分厚い外套から剣の柄が覗いていても、平然と色目を使って誘いをかけてくる場所。
しかし今日のヴァイスの隣には、赤紫色のフードを被るのを止めた美少女、クラリッサが立っていた。
体格の良いヴァイスの姿を見るなり、反射的に駆け寄ろうとする女達が、一様に顔をしかめ背中を向けて立ち去って行く。
一方のクラリッサは、ついさっきまで、昼間からヴァイスと宿にしけこむ妄想をしていたというのに。
今は目鼻立ちが整った顔を青ざめさせている。
流石に歓楽街は、うら若い女性を連れてくる所ではないかと。
ヴァイスは反省するも、震えるほどの事だろうかと眉を潜ませる。
確かに華やかな服装を好むクラリッサは、一見すると純真無垢なお嬢様のように見える。
しかし話し方は見た目ほどお上品ではないし、どちらかと言えば天真爛漫な美少女といった感じである。
特に今も身に付けているスカウトの衣装などは、純真な乙女とは程遠い露出度だ。
それにこの世界は、現実世界ほど治安がいい訳ではない。
喧嘩をすれば直ぐに刃物沙汰になるし、強姦や誘拐などが日常的に起こる場所なのである。
あと結婚適齢期が十代半というところも違う。
それにクラリッサは、上品とは無縁な冒険者が集うギルドで働いていたのである。
それだけに、彼女は大丈夫だと思っていたのだが……。
「あの……ヴァイスさん…………。本当にここを通らないとダメ?かな……」
「えっ、別に裏通りからでも行けるけど、あまりオススメはしないよ?」
少し圧迫感を感じる明るい路地を5メートルも進まない所で。
クラリッサの足が完全に止まってしまった。
再び、美少女が赤紫色のフードを深々と被っていることに気が付かないまま。
ヴァイスが言葉の真意を掴み兼ねて首を傾げている。
花街の表通りは、綺麗に着飾った女性達が、あちらこちらで笑顔を振りまいて立っており。
例え冬だとしても、色とりどりの花が咲き誇る春の草原ような、明るくて良い匂いが漂う場所である。
しかし一歩、裏に踏み込めば、そこは例え夏でも凍えて死にそうな、痩せ細った人間がゴロゴロと横たわっている。
地獄のような場所なのである。
実は異世界に転生した後、ヴァイスが迷い込み。
行き倒れになりそうだった場所が、まさにそこだったのだ。
だから、彼としてはまだ十代のクラリッサを、そのような場所へ連れて行きたくないのだが。
美少女は美少女なりの悩みがあるようであった。
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