第61話 卒業試験と秘密の能力

 季節が冬に移り、鈍色の雲が垂れ込める空の下。


 鋼色に輝くバスタード・ソードと鞘を手に持つヴァイスと。

 黒光りするヴァイバーンの槍を真っ直ぐ構えたクラリッサが対峙している。


 どちらも、表情は真剣である。


 場所は冒険者ギルドのそばにある、訓練所として使用されている空き地。

 少し離れた所では冷たい風に吹かれて。

 黒い眼帯を右目にしたベレットが、皮のズボンの腰に手をあてて立っている。


 「ほら、睨でも、敵を倒せやしないよ」

 「…………でも」


 元Bランク冒険者の戦士であるベレットの元で槍の修行を積んだクラリッサであったが。

 10分が経過しても、素早い動きが出来ないヴァイスを相手に、踏み込む事すら出来ずにいた。


 師匠の叱咤しったを受け、歯を食いしばって足を前に踏み出そうとするが、どうしても出来ない。


 一方、独学で剣の修業に励んでいたヴァイスは、肩幅よりも少しだけ広く足を開き。

 剣と鞘を持つ手をだらりと下げている。


 自然体といえば格好がいいが、はたから見ると無防備でしかない。


 しかしクラリッサは何処を攻撃してもかわされ、反撃を受けるような気がしてならなかった。

 剣の熟練者であるベレットと対峙した時とは全く違う、無風の圧力を感じている。


 まだ何もしていないのに、槍を掴む手に汗がジンワリとにじむ。


 すると突如、微動だにしなかったヴァイスの体が、ゆっくりと左に傾いた。


 (今だ!)


 細腕のクラリッサには、男性のような力はない。

 しかし俊敏さだけは負けていなかった。


 それにこの槍をくれた時、ヴァイスが言った通り。

 この槍は彼女の不足する部分を補ってくれる、最高の武器であった。


 一瞬のうちにトップスピードに達したワイバーンの爪を、勢いを殺すことなく、ヴァイスの右肩に突き刺す。

 まさにクラリッサにとっての会心の一撃であった。


 「あれ?」


 しかしヴァイスの肩を覆う革鎧を刺したはずなのに、突き出した穂先から衝撃が戻って来ない。


 なお、ギルドに所属する魔法使いが、2人にシールドの魔法を掛けてくれているので。

 1度や2度の攻撃では怪我をする事はない。


 数舜後、刺した感触がなさすぎて戸惑うクラリッサの、綺麗なうなじを冷たい感触が襲う。


 「ヒィッーーー!」

 「そこまで!」


 ビクンッと身体を震わせた美少女が、審判の鋭い声に慌てて顔を向ける。


 「えっ、嘘。アタシ負けたの?」

 「悪いな」


 背後から男ののんびりとした声が聞こえ、クラリッサがそちらへ振り返ると。

 ゆっくりとした動作で、ヴァイスが剣を鞘に収めるところであった。


 何がどうなったのか、美少女にはまるで分からない。


 「ほ~、短い期間で、よくそこまで到達したな」

 「いや~、2対1だったら、こうはいきませんよ」


 珍しく鬼教官が生徒を褒めているが、美少女はいいから早くタネ明かしをしてくれと思う。

 やはり、ベレットも彼に惚れているのかと、ついでに邪推もする。


 何しろヴァイスがベッドを出て介護が必要無くなってからも。

 ベレットはちょくちょく洋服屋に顔を出していた。


 仲が悪いはずの姉とも酒を飲み交わし、酔ったふりをして泊まっていくことも……。


 一方のクラリッサは、彼に想いを寄せるようになってからも、サーラに遠慮してなるべく距離を取り。

 ヴァイスに恩返しをするために、脇目もふらずに槍の訓練に励むようになっていた。


 もしかして、アタシ失敗した?とここに来て焦りだす。


「ボーっとするな!負けた奴は50周だと言ったよな?」

「ひぃ~~。す、すぐ走りまから~。だから叩かないで~~……(この鬼~!人でなし!そんなんじゃヴァイスさんに嫌われるから!!!)」


 木刀を振り上げた隻眼の女教官は、まさに鬼のように恐ろしい存在であった。

 しかしクラリッサは知らない。ベレットが彼女を勝たせようと、密かに礫でヴァイスを攻撃していたことを……。


 あれからヴァイスは、いくつかの発見をした事で素早い身のこなしだけでなく。

 先読みと同等の能力を手に入れることに成功していた。


 まず素早さに関しては、特定の部位に意識を集中して魂の糸を太くする事で、限定的にだが健常者と同等の素早さを発揮出来るようになった。

 と言っても今のところ、糸を太く出来るのは一箇所だけなので。

 今回の場合は片足に重心を乗せたあと、腰だけを素早くひねり体を回転させ。

 クラリッサの直線的な攻撃を躱しただけである。


 そして一番効果的だったのが、相手の魂を明確に感知出来るようになった事で可能になった先読みである。


 今回の修行では、いかに魂の糸を切らないで素早く動くかが課題であった。

 そこで彼は、自分の体内に存在する魂に意識を集中し、常にその状態を感じ取り。

 ギリギリまで早く動けるように調整し続けていた。


 その結果、ヴァイスは他人の魂までを明確に感知出来るようになっていた。

 と言っても、相変わらず色や形を目で見る事はできず。

 あくまでも魂の臭いを形として認識出来るようになっただけである。


 そして彼は体よりも先に魂が動く事を発見していた。


 だから、クラリッサが攻撃するタイミングだけでなく、どこを攻撃しようとしているのかも。

 ヴァイスは美少女が動くよりも先に知っていたのである。


 そしてベレットが可愛い弟子を勝たせるため。

 彼の回避行動を妨害しようと、つぶてを放つために右手の親指に意識を集中していた事も。


 なお、身体よりも先に魂が動くことを気がつくことが出来たのは、年上の女性であるナタリアのおかげなのだが。

 いつ何処でその事実に気が付いたのかは、誰にも言えない彼だけの秘密である。

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