第16話 宝の持ち腐れ

 魔法の青白い光が照らす、赤茶けた洞窟の中。


 「んっ…………はぁ~~」


 ヴァイスは爽やかな朝を迎えた気分で、目を覚ます事が出来た。

 まるで休日の朝のよう。


 ダンジョンに入ってからというもの全身が燃えるように熱くなり。

 戦っているうちに体の節々が痛みを訴え、最後の方は全身が悲鳴を上げていたのだが。

 今は嘘のように無くなっている。


 今にして思えば無茶で危険な戦い方をしてしまったと分かるが。

 何故かあの時は分からなかったと不思議に思う。


 「サ……ラさん?そっか俺は気絶してたのか……」

 「ええ、でも無事で何よりです」


 「済まない、急いで奥へ向かおう」


 心配そうに彼の顔を覗き込んでいた、美しい女性の顔を見て、今すぐ抱きつきたくなる衝動を覚えていたが。

 彼の中で燃え続けている使命感がそれを許さない。


 自分の感情を押し殺し、彼女から目を逸らしたまま立ち上がる。


 「もう少し休みませんか?きっと外は夜になっていると思います。食事を取ってから……」

 「いや、クラリッサさんが心配だ。俺はポーションを飲むから、サーラさんは保存食を食べながら付いて来てほしい」


 体力の無いサーラには申し訳なく思うが、気を失っていた時間を取り戻すべく、先を急がなければならない。


 それに、この先にも待ち受けるだろう強敵、ソルジャー・アントとの戦闘を想定し。

 温存してあった回復ポーションを一気飲みする。


 緑色の液体は青汁よりも苦く、そしてドロッとしていて喉に絡みつく。

 はっきりいって飲みにくい。


 なお遅効性のポーションは、男女がアレをする30分ぐらい前に飲んでおくと効果があると、酔っ払って絡んできたベレットが教えてくれた。


 持久力が増すだけでなく、回数も増えるらしい。


 流石にその事を、愛する女性に言うことは出来ないから、秘密である。


 またそれとは別に、転生後の新しい肉体は本当に良く出来ていた。

 ただ若いだけではなく、身長は180cmを超え、肩幅も広く。

 全身に程よい筋肉が満遍なく付き。


 まさに理想的な体型なのである。


 その分、体重が重いはずなのに、まるでバスケットやバドミントンの選手のように俊敏に動け。

 さらに体操選手のような、しなやかでダイナミックな動きにも対応する事が可能だ。


 しかもスタミナまでが相当あり、マラソンやトライアスロンなどもこなせそうである。

 間違いなくオリンピックに出場できるクラスの肉体と言える。


 生前の彼も趣味の登山を楽しむために、暇があれば体を鍛えていたが遠く及ばない。


 生前にこの肉体を手に入れることが出来ていれば、彼は最難関の一つに数えられるK2の登山に挑戦したかったと、本気で思った程である。

 なおK2はパキスタンと中国の境にある、標高8611mの山である。


 しかしどんなに速い車に乗ろうが、ドライバーが素人ではレースに勝てないのと同じで。

 戦闘経験が少ないヴァイスは、自分が弱いことを十分に理解しているし。

 冒険者としてランクが一番低い、”E”であることにも納得している。


 だから過信はしていないが、この体のポテンシャルを考えれば十分に戦えるはずであった。

 とはいえ体力は有限なので、こうしてポーションで回復ドーピングするのである。


 そこでふと、ヴァイスは大事な事を思い出した。

 気絶する前、明らかに強さが違う、黒光りしたソルジャー・アントと戦った時。


 偶然にも敵の後ろに回り込む事が出来たので、勝負を決めるために黒い背中へと飛び乗り。

 そのまま首の根元に切っ先を差し込んだのだ。


 しかし剣先が頭部と胴体を繋ぐ部分に到達する前に、ソルジャー・アントが鋭い顎を生やした顔をグッイっと持ち上げ。

 後頭部から張り出している甲殻を使い、刀身を挟み込んだのだ。


 その時に違和感を覚えた彼は無理して剣を押し進めず。

 ソルジャー・アントの頭部を踵で思いっきり踏みつけ、隙間が出来た瞬間を狙い剣を深く差し込んだのだ。


 一見すると傷が無いように見える、汚れた刀身。

 試しに通路に転がっていた大きめの岩に、軽く叩きつけてみる。


 パキーンと甲高い音を立て、あっさりと中程で折れてしまった。


 (やっぱりな……。後は短剣と弓しか無い……どうするか)


 呆然と立ち尽くす彼の後ろからも、サーラの息を飲む音が聞こえる。

 しかし彼女に心配を掛けるわけにはいかない。


 なお、弓は矢をつがえるのに時間が掛かるため接近戦には向かない。

 そもそも、ジャイアント・アントの硬い装甲を貫通出来るとは思えない。


 それに短剣はリーチが短いため、敵の懐に飛び込む必要があり。

 頭の高さが同じか、それよりも高い、巨大なソルジャー・アントと戦うのは危険である。


 そこでふと、彼は一層目にゴブリンが居なかった事を思い出す。

 ギルドの情報では、ジャイアント・アントとゴブリンが、奇妙な共生関係にあると聞いていた。

 不届きな侵入者をゴブリンが排除する代わりに、ワーカー・アントが食料を分け与えているという。


 もしやと思い、ヴァイスは通路の右前方に見える小部屋へと、足を踏み入れてみることにした。


 楕円形の入り口は高さが腰のあたりまでしかなく。

 折れた剣を手に警戒しながら、しゃがみこんで中へと入る。


 するとこれまた小さな、小型の犬ぐらいの大きさしかないワーカーアントが居た。

 しかし、侵入者に驚いている隙に倒してしまう。


 少し罪悪感を覚えるが、今は人間の救助を優先させてもらう。


 「ヴァイスさん、どうかしましたか?」


 これまで通路をひたすら進んでいた彼が、突如、小部屋の捜索を始めた事に疑問を抱き。

 サーラが白いスカートの裾を押さえながら、小部屋へと入って来た。


 入り口は小さかったのに中は広々としていて、ドーム状の倉庫になっていて。

 至るところに白くて大きなキノコが生え、群生している。


「どうやら、このキノコはジャイアント・アントが栽培しているみたいだ」


 しゃがみこんだヴァイスが、キノコの苗床を注意深く観察している。

 洞窟全体を構成する赤茶けた土と違い、キノコの根本には黒っぽい堆積物たいせきぶつが小山になり。

 そこから幾本もの巨大なキノコが生えている。


 大きさはちょうど500mlや2Lのペットボトルと同じぐらい。


 ヴァイスが堆積物から顔を覗かせていた、白い小枝のような物体を拾い上げる。


「もしかして、それは……」

「ああ、ゴブリンだ。こっちには人間の死骸もある」


 ヒッと息を飲み、白いスカートを乱れさせたサーラが後ずさりする。

 彼が手にした物、それはゴブリンがよく使う、骨から作られた短めの剣であった。


 更にその奥、一際大きな堆積物が人間の成れの果てなのであろう。


 人を治療する事を生業なりわいとするサーラには無理でも、戦士であるヴァイスに躊躇ためらいはない。


 びっしりと生えている白いキノコを払い除け、土と化した黒山に斜めに刺さった墓標を抜き取る。


 「槍……なのか?随分と変わった形状をしている」


 柄の部分は漆塗りのように黒く、その先端にも鈍く光を反射する黒い穂先が付いている。

 しかし彼が知っている金属で出来た、細い剣のような真っ直ぐ伸びる穂先ではなく。

 湾曲した円錐状の物体を磨き、無理やり穂先にしたような作りをしている。


 どちらかと言えば、槍と斧を融合させたハルバートの穂先に近いかもしれない。

 しかし磨き抜かれたそれはとてもするどく、指で触る気になれない。


 「それはワイバーンの爪ですわね。昔の人間はよく魔物の素材を武器にしてましたのよ。それがいつからか醜いドワーフにそそのかされて、美麗な彫刻が施さえた金属の武器を持つようになって、本当にお馬鹿さん」


 いつの間にか部屋に入ってきていたメリエベーラが、一通り説明してから鼻をつまみ通路へと戻って行く。


 「ワイバーンか……、それは確かに強そうだな」


 試しに一振りしてみると長さの割には軽く。

 素朴な作りだが、しなやかで頑丈そうであった。


 もしかしたら、柄の部分も何らかの魔物を素材にしているのかもしれない。


 年代物のようだが、まだまだ使えそうである。


 一方、槍を抜いたことで黒山が崩れ、鎖帷子チェーン・メイルらしき物体が覗いていた。

 しかしこちらは錆に覆われていて、今にも朽ち果てそうである。


 ヴァイスとしては、お前は何年生きているのか?と、サキュバスに問いただしたかったが。

 彼女の言う通り、金属で出来た武器よりも、魔物を素材にした武具のほうが優れていると認めるしかなかった。


 そして、


 「ヴァイスさん。こちらは使えないでしょうか?」


 流石に死肉から出来た苗床には近づけない様子のサーラが、部屋の片隅に転がっていた板状の物体を持ち近づいてくる。


 「カイト・シールドかな?それにしては不思議な……あっ、これ亀の甲羅だ」


 こちらは黒に近い緑色をしていて、良く見れば表面に八角形の模様があった。

 カイト・シールドと同じく下部が尖っているが、全体としては楕円形に近い。


 それと中心線に沿って山脈のような盛り上がりがあって、首が収納される部分が湾曲していた。


 そしてこちらは、素材その物には極力手を入れずに、甲羅の上部だけを切り取り。

 革製の持ち手だけが取り付けてあった。


 登山愛好家であるヴァイスとしては、左手を空けておきたかったが、状況を考えれば贅沢を言っては居られなかった。


「ありがとう、サーラさん。使わせてもらいます」


 ヴァイスは魔物の甲羅から出来ていると思われるシールドを、笑顔を輝かせるサーラから受け取るのだった。


・=・=・=・=・=・=・=・=・


 聖女の独り言。


 「こんばんはサーラです」


 「一時はどうなることかと思いましたけど」

 「こうして話してみると、少しだけいつものヴァイスさんに戻ったような気がします」


 「もしかしたら、メリエベーラさんが掛けた魔法が解けたのでしょうか?」

 「でも休んでくれないし……やっぱり心配です」

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