第15話 束の間の安息
ジャイアント・アントの巣の2層を50mほど進んだ所で、ついにヴァイスが膝を付いた。
ここに至るまでに強敵であるソルジャー・アントを5体も倒している。
しかも2匹目以降は、単独で倒していた。
ただしワーカー・アントの時のように無傷とは行かず。
何度も弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた事で、唇の端から血を滲ませている。
それでも彼は歯を食いしばり、剣を地面に突き立てて立ち上がろうとする。
「ヴァイスさん、もう無理です……。回復魔法を掛ますから休んでください」
そんなボロ雑巾のような状態の彼を後ろから包み込み。
サーラは服が汚れるのも気にせずに懇願した。
丸い水色の瞳から、今にも涙が溢れそうである。
「はっ……はっ……、そう……だな。もう……無理かもしれないな」
なんとか息を整え、言葉を口にしたヴァイスの体から力が抜けた。
危うく地面に倒れ、自身の剣で傷つきそうなるも、すんでの所でサーラが支える事に成功した。
そのまますぐ脇に在る丸みを帯びた小部屋へと、彼を引きずるようにして入る。
2層に来てから姿を見せていなかったワーカー・アントが一匹。
小部屋の中に居たが、メリエベーラが呟いただけで燃え上がり炭と化した。
「ありがとうございます、メリエベーラさん。ヴァイスさんを治療しますので、少し見張りをお願い出来ますか?」
「ええ、いいですわよ。でも、先にご褒美をいただけるかしら?」
足の付根までスリットが入った黒いローブから、艷やかな青白い太ももをのぞかせ。
ゆっくりと近づいて来たサキュバスが、ヴァイスを地面に寝かし終えたサーラに向かい、ほっそりとした手を差し出す。
「い、今?ここででしょうか……」
心細さげな表情のサーラが、シャツの胸元を手で掴んみぎゅっと握る。
しばしの沈黙の後。
「ふふっ、何か勘違いをしているようね。見かけによらず聖女様は淫乱なのかしら?」
ねっとりとした視線を、膝丈の白いスカートから覗く細くて柔らかそうな足や腰、そして腕に隠されている胸の膨らみへと走らせ。
メリエベーラが手にしたのは、サーラがここまでの行程で集めた、ワーカー・アントの魔石であった。
それをサーラに見せつけるようにして、長い舌を絡ませて舐めてから。
ゆっくりと真っ赤な唇へと近づけて飲み込む。
「驚かさないでください……。あとヴァイスさんが許可するまで、アナタには絶対に彼を渡しませんから。そのつもりで居てください」
怪しげに輝くルビーの瞳を睨み、サーラは気を失っているヴァイスを、庇うようにして立ちふさがった。
「ええ、もちろんですとも。ワタクシが主様の命に背くような事をするなんて、この身が引き裂かれようともありえない事ですわ。それよりもさあ~早く、主様を回復なさい。さもなくば本当に、この場でオマエをヨガり殺すわよ?」
「っ…………」
これまで怠惰な時を過ごし。
男をたぶらかす事にしか興味がないと思っていたメリエベーラが、初めてサーラに牙を剥いた瞬間であった。
そしてヴァイスが一人居ないだけで、世界はここまで彼女に残酷になれるのかと、思い知らされる瞬間でもあった。
長い祈りを経て、ようやく愛する男性が目を覚ました。
やはりと言うべきか、ここまで繰り返された戦闘により、ヴァイスの体は骨折こそしていなかったものの、かなりのダメージを負っていた。
それにも関わらず出血が少なかったのは、彼の体が人並みはずれて頑丈に出来ているから、としか説明がつかない。
サーラは久しぶりに全精力を傾け、神に祈りを捧げた事で、彼の代わりに倒れそうになっていた。
それでも無理をして、目を覚ましたばかりの虚ろな表情をしたヴァイスに微笑み掛ける。
勿論、彼女の背後には危険なサキュバスが控えている事も忘れてはいない。
「サ……ラさん?そっか俺は倒れてたのか……。済まない、急いで奥へ向かおう」
サーラの顔を認め、表情が緩んだのも束の間。
頑丈なブーツを履いた膝にグローブをはめた手をあて、ヴァイスがよろめきながらも立ち上がってしまう。
「もう少し休みませんか?外は夜になっている頃だと思います。せめて食事を取ってから……」
「いや、クラリッサさんが心配だ。俺はポーションを飲むから、サーラさんは保存食を食べながら付いて来てくれ」
なぜポーションを?とサーラは思うも、直ぐにポーションには傷を治すだけでなく、体力を回復させる効力がある事を思い出す。
それとは別にヴァイスの方は、魔法と違いポーションの効き目は遅い事から、”強敵と戦う前に飲んでおくといい”と、冒険者のイロハを教えてもらったベレットから、ベッドの上で教わった事を思い出しているのだった。
・=・=・=・=・=・=・=・=・
聖女の独り言。
「こんばんはサーラです」
「ようやくヴァイスさんのお役に立つことが出来ました」
「でも…………嬉しいはずなのに、胸の中は不安で一杯です」
「私はどうしたらいいのでしょうか?」
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