第14話 強敵との遭遇

 ケープマウンテンにあるジャイアント・アントの巣は普通の蟻の巣と違い、上へ上へと広がっている。

 ギルドの情報では、一層目はワーカー・アント(働き蟻)とゴブリンしか出ず。

 2層目からはソルジャー・アント(兵隊蟻)という、上位種が出てくるという。


 またヴァイスが手にしている、このダンジョンの地図は5年前に作られた物で。

 基本的な構造に変わりは無いが、今も水平方向へ広がっているらしい。


 本来であれば慎重にルートを決めて進むべきだと、サーラは思っているのだが。

 興奮状態のヴァイスは、彼女が話しかける間を与えずに、ズンズンと奥に向かって進んで行ってしまう。


 今、回復要員として同行しているサーラに出来る事といえば、彼が葬った大きな蟻から魔石を抜き取るだけである。


 大抵の魔物は胸の当たりに魔石が埋め込まれていて。

 このポニーぐらいの大きさがある蟻の場合は、頭部を切り落とすと見える、胸部の端にあった。


 動物でいうところの首である。


 だから採取するのは比較的簡単な部類に入る。

 因みにワーカー・アントの魔石は、ゴブリンの物よりも一回り大きい。


 しかも数が多く、50mを進む前から20個を超えていた。

 敵との遭遇率が高すぎるし、ヴァイスが倒すペースも早すぎる。


 なおワーカー・アントの性格は大人しく、近寄りさえしなければ襲ってくることはない。

 しかし洞窟の道幅は狭く、大人が2、3人しか横に並べない程度しか幅が無いため、必然的に出逢えば戦闘になってしまう。


 そして1時間が経過した頃、ようやくヴァイスの歩みが止まった。

 両刃の剣を地面に差し、杖代わりにして立っている。


 荒い息もそうだが、酷く汗をかいている様子。


 「ヴァイスさん。あの……少し休憩にしませんか?怪我もされているようですし」


 遠慮がちに声を掛けたサーラが、白いハンカチを差し出す。


 「はぁはぁ。これくらい……大丈夫だ。それよりも急がないと」


 5匹のワーカー・アントとの戦闘中に押し倒され。

 ヴァイスは左腕と右足を同時に噛まれてしまっていた。


 それなのに彼は怪我の治療どころか汗も拭うこともせず、平然と歩き始めてしまう。


 そんな彼を見て、サーラの胸にわだかまる不安がより一層強くなる。

 しかしヴァイスが行くというのであれば、付いていくだけである。


 なお、彼が押し倒され、敵の餌食になりかけた時ばかりは、魔女の格好をしたメリエベーラが吹雪の魔法を使い。

 ワーカー・アントを氷漬けにしてくれた。


 永遠に続くかと思えた赤茶色の洞窟を進み、崖のように盛り上がった坂道を登ると。

 そこには馬のように大きくて赤黒い、巨大な蟻が待ち構えていた。


 全体的に丸みを帯びていたワーカーアントと違い。

 頭や胴を覆う殻が左右に張り出して角が尖っていて、強そうな印象を受ける。


 しかも口から生やした顎の長いこと。

 まるで外国産のクワガタのようである。


 「ヴァイスさん、気を付けてください。ソルジャー・アントです!」

 「分かってる!下がってくれ」


 サーラは彼が気が付いているだろうことを承知の上で。

 崖を登り終え地面に手を付いたままの姿勢で、大声を出して注意を促した。


 それが気に触ってしまったのか、声を荒らげたヴァイスが剣を大きく振りかぶり、唸りを上げて敵に斬りかかる。


 ガキッンと硬い音をたて、彼の剣が長い顎に弾かれてしまう。

 その反動で態勢を崩され、地面に倒れそうな彼に大きく開いた2本の顎が迫る。


 「ッ…………、ヴァイス……さん……」


 しかし回復魔法しか使えないサーラには、祈る事しか出来ない。


 「メリエラ、魔法だ!」

 「ええ、いいわよ~~♪」


 ヴァイスに買ってもらったワンドを握りしめ、両目をキツく閉じたサーラの耳に、彼の力強い声が届いた。

 そこに焦燥感はない。


 それに応える、楽しそうな魔女の妖艶な声が横から聞こえ。

 ブォッと燃え盛る炎の音が聞こえたかと思えば、次の瞬間には巨大な赤黒い蟻が奇っ怪な甲高い音を響かせた。


 期待と驚きに開いた水色の瞳に、天井を見上げて悶え苦しむソルジャー・アントの顔が映る。


 「良くやった!これでも喰らえ!!!」


 歓喜の声を上げたヴァイスが素早く地面から起き上がると。

 背中が炎に包まれている巨大蟻の、頭部と胸部の接続部に向かい、大きく振りかぶった剣を叩き込んだ。


 再びガキッと、重厚感のある音が洞窟の中へと響く。


 「くそ、なんて硬さだ……」


 相手がワーカー・アントであったならば、確実に急所である首を切り落とせた一撃。

 しかしソルジャー・アントの頭部は、ミヤマクワガタの様に張り出した甲殻が鎧となり、渾身の一撃を難なく防いでしまう。


 「ヴァイスさん、足です!足を攻撃してください!!!」


 その時、サーラの水色の瞳に映ったのは、ちょうど彼が着地した場所から右にある。

 枝のように細い足であった。


 「ここか!」


 彼女の指示を受け、迷うことなく振るわれた横薙ぎの剣が、前足の膝に当たる関節部分に叩き込まれた。

 ボキッと軽やかな音を立て、あっけないほど簡単に切断する事が出来た。


 赤黒い巨体が前のめりになり、重々しい音とともに土煙を上げる。


 しかしそれでは致命傷にならなかった。


 残った足だけで巨体を支え直したソルジャー・アントが、生きの良い獲物を倒そうと。

 バランスが崩れるのも恐れずに、傷付いた体を捻って2本の顎で攻撃してくる。


 「チッ、1本でダメなら、2本だ!」


 敵の攻撃を剣の腹で受け、弾き飛ばされた反動を利用し。

 空中で体を捻ったヴァイスの回し蹴りが、真ん中にある細長い足を襲った。


 再び枝が折れるような音を響かせ、今度こそソルジャー・アントが地面に伏せた。


 すかさず煙をあげる背中へ飛び乗ったヴァイスが、両手で逆さまに握った剣の切っ先を、頭部と胸部にある隙間目掛けて振り下ろす。

 切っ先からガキッと重々しい反動が伝わるも、そのままズズズッと刀身が潜り込み、30cmほど入った所で止めを差す事が出来た。

 残っている長くて細長い足をバタつかせ、暴れようともがいていたソルジャー・アントが静かになる。


 話には聞いていいたが、ソルジャー・アントとワーカー・アントは、全くの別物であった。

 普通に斬りかかっただけでは、その硬くて厚い甲殻に攻撃が阻まれてしまう。

 さらに魔法の火で炙っただけでは死なない。


 そして敵の攻撃を剣で受け止め弾き飛ばされた時に、その衝撃で革のグローブに守られているはずの腕や背中にまでダメージを受けていた。


 それでも前を向くヴァイスの足は、止まらないのだった。

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