第13話 本当でも言えない事
オレンジ色の揺らめく明かりと、青白い魔法の光が照らし出す、赤茶けた土で出来た洞窟の中。
「はぁはぁはぁ、くそ。切れ味が悪くなってきたぞ……」
荒い息をするたびに上半身を覆う革鎧を上下に動かし。
刀身にこびり付いた緑色の体液を一振りして壁に叩きつけた男が一人、背中を見せて立っている。
「ヴァイス……さん……、お怪我はありませんか?」
「サーラか、大丈夫だ。それよりも水をもらえるか、喉が乾いた」
いつもの柔らかな口調と違いが乱暴だが、会話をする事が出来るヴァイスがそこには居た。
「あら、仰ってくだされば、ワタクシが魔法で水を出してさしあげますのに~~~♪」
「いや、魔力は取っておけ。このまま
その斜め後ろに佇む全身黒ずくめのメリエベーラも、いつになく上機嫌な様子。
しかしその魔女に対する彼の態度は冷たいまま。
そんな些細な事にも安堵し、サーラは言われるがまま腰に吊るしてあった、自分用の水袋を彼に渡した。
右手に剣を握ったまま、左手で持った水袋を豪快に煽る彼。
見た目は同じだが、
サーラは胸を占める不安を少しでも和らげようと、彼の観察を続けた。
しかしそれを気にする素振りを見せないまま、彼がもう一度、水袋を煽っている。
もうそろそろ水が無くなりそうである。
そして彼の表情から感情を読み取ろうとした時、用心深く左右を伺う灰色の目を見て、違和感の正体に気が付く。
無言のまま水袋を放ってよこしたヴァイスが剣を握り直しながら走り出し。
分かれ道から姿を表した大きなダークグレイの蟻を一刀のもとに倒してしまう。
あまりの早業に、敵がこちらの存在に気が付く事すら出来なかったに違いない。
「凄い…………」
サーラが出会った頃のヴァイスは、ソロ活動していた冒険者だけあり。
一番低いEランクにもかかわらず、一般人よりは強く安心感が感じる事が出来た。
それは防御を重視した戦闘スタイルから来ていたのだが。
今は守りを捨て、相手を倒すことだけを念頭に置き動いている。
更に騒ぎを聞きつけ、奥から現れた2匹のワーカー・アントさえも、攻撃に移る前に倒されてしまった。
冒険者になり、まだ日が浅いサーラであったが、明らかにEランクの強さではないと分かる。
まるで飢えた野獣のよう……。
ただ幸いにも、ヴァイスからは邪悪な気配を感じなかった。
少しだけホッとし、サーラは男を惑わす魔性の女と話しをする事にした。
「ヴァイスさんがこんなに強いとは知りませんでした……。でも、メリエベーラさん。彼にどのような魔法を掛けたのですか?」
「ふふふ、それはね~~。アタクシが一番得意な魔法ですわよ♪」
はだけた黒いローブの胸元から、ボリュームのある胸の谷間がよく見えるように前かがみになり。
魔女が吐く息は、ピンク色の
女性であるサーラの下半身までが熱くなってしまう。
しかしここはダンジョンの中。
それにサーラの頭の中は、愛する彼の事で一杯である。
「では、昆虫に対する恐れ……」
「シ~~~。それ以上は言ってはダメよ?❤彼に襲われても知らないから♪」
いつの間にか、華奢な体つきのサーラの後ろに回り込み。
人の姿をしたサキュバスが、真っ赤な爪をした人差し指を伸ばし、サーラの桃色の唇に押し付け。
血の色をした型の良い唇が耳に触れんばかりの至近距離から、熱い吐息を漏らしつつ囁いている。
そう、サキュバスであるメリエベーラが掛けた魔法。
それは性的な興奮を誘う、
あと彼の体内に流し込んだ唾液には、サキュバスの魔力が込められており、精力剤としての効果も発揮している。
つまり今のヴァイスは絶倫状態にあるだけで。
昆虫、特にスズメバチを恐れるトラウマを克服した訳ではないのだ。
そもそも、心に深く刻み込まれた恐怖を消す魔法など、一介のサキュバスでしかないメリエベーラが知るはずもなく。
そしてその事実を教えるほど、彼女は親切ではなかった。
そうとも知らず、ヴァイスは冒険者ギルドで貰った地図を片手に、鼻息も荒くダンジョンの奥へと進むのだった。
・=・=・=・=・=・=・=・=・
聖女の独り言。
「大変な事になってしまいました」
「まさか契約者であるヴァイスさんの事を騙すなんて……」
「初めの頃は村の人達を騙した悪魔だからと、私もメリエベーラさんを警戒していたんですよ?」
「でも最近は恋敵といいますか、少なくとも仲間だと思っていたのに……」
「それにしても困りました」
「本当の事を言ってしまうと、ヴァイスさんがアントと戦えなくなってしまいますし」
「かといって何も知らないまま、戦っている最中に魔法の効果が切れてしまったらと思うと心配で……」
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