第9話 転生者と聖女
ヴァイスが本来の生まれ育った世界の事や、登山中にスズメバチに刺されて死に至り、気がつけばこの世界の貧民街に立っていた事を説明し終える頃には、2人を乗せてのんびりと走る馬車は郊外に出ていた。
右には黄金色の麦畑が広がり、左には柵に囲まれた牧草地がある。
彼が話し終えるまで、じっと顔を見つめていたサーラが右手に手綱を持ったまま、左手を胸に当て息を吐き出した。
ヴァイスはてっきり驚かれると思っていたのだが、顔色から判断するにどうやら信じてもらえた様子。
「そうだったのですね……。でしたら、私とヴァイスさんは似ているのかもしれませんね」
「似ている?」
予想外の言葉に、ヴァイスは首を傾げた。
「はい。私もず~…………っと、村長様のお屋敷から出ることが出来ませでしたから。今はこうやって、ヴァイスさんと一緒に見る世界が眩しくって」
サラサラと音を立て黄金の海原を渡って来た風が、聖女の金色に輝く髪をなびかせて去って行く。
「確かに……、同じかもしれませんね」
その美しい横顔に見とれていたヴァイスの視線が風を追い、遠くに望む緑色の山々へと向かう。
この世界に来てからというもの、彼はずっと下ばかり向いていた事に気が付いた。
しかし今は美しい女性、サーラと一緒に居る。
それがどんなに幸せなことかと、手綱を掴む白い手に自分の手を乗せて頷く。
陽光のような柔らかな金色の髪を耳に掛け、春の空のような丸い瞳で、優しく彼を見つめてくれる女性。
サーラさえ居てくれたら、他には何もいらない。
「そうだ、あとベレットさんの事だけど……」
「それは言わないでください。なんとなく、今、分かりましたから!」
そして人差し指ではなく、手のひらで彼の口を塞ぎ、プクッと白い頬を膨らませた愛らしい女性。
一番の秘密を打ち明けたことで、心が軽くなったヴァイスは、師匠でもあるベレットとの一夜限りのアバンチュールについてもも告白しようとしたのだが、とんだ蛇足だったようである。
「ごめん。もう他の人とはしないから……」
「ふふっ、別にいいんですよ?私はヴァイスさんを独り占めしようとは思ってませんから。でも……」
ヴァイスの硬い手に重なった柔らかな手に力が入り、彼の手もじわりと汗ばむ。
「でも?」
「もう知りません!」
二人の心が一つになっても意地悪を言うヴァイスを、上目遣いで可愛らしくひと睨みし。
青い瞳をそっと閉じた、清楚で美しい顔が近づいて来る。
言葉が無くても伝わるモノがある。
「まさか主様までが異世界から来られたとは、まったく知りませんでしたわ~~❤❤❤」
絶妙なタイミングで、ヴァイスの灰色の髪に覆われた後頭部が、ムニューーーーっと大きくて柔らかな謎の物体に包み込まれた。
普段であったならば喜ぶべき感触なのだろうが、今は違う。
「お前、絶対にわざとだろ!?」
「何の事かしら?ワタクシはずーーーっと、主様のお側に控えておりましたわよ?」
魂の契約を結んだヴァイスと、サキュバスであるメリエベーラは、お互いに位置を把握する事が出来る。
といっても、それは半径10mぐらいまでの事で、それ以上離れると方角だけが何となく分かる程度となる。
それでも方角さえ分かれば、真っ直ぐ進めば出会えるわけで、こうして別行動を取っていても何ら支障はない。
しかもサキュバスは空を飛べるので、簡単に追いつく事が出来るのだ。
しかし今回ばかりは、メリエベーラの居場所を感知する事が出来ていなかった。
「そんなはずは……、あっ、お前、まだ何か能力を隠してるんだろ?」
「ふふふ、いい女はミステリアスなものでしてよ?」
ただ今回は、その方角すらも分からなかった事に、ヴァイスは遅れて気づいた。
つまり隠蔽魔法でも掛けたのであろう。
「はぁっ、何がミステリアスだよ……。俺は一生サーラさんと添い遂げると決めたんだからな。もう邪魔をしないでくれ」
ヴァイスはどっと疲れが出てきた。
何しろ相手は弱くとも悪魔である。
いくら文句を言おうが、根底にある倫理観が違う。
だから彼は隣でどうしていいか分からずに居るサーラの柔らかな身体をギュッと抱きしめると。
ヴァイスはドサクサに紛れて愛の告白をするのだった。
・=・=・=・=・=・=・=・=・
聖女の独り言。
「こんにちはサーラです」
「ヴァイスさんから別の世界の事を色々と教えてもらいましたが、想像力の乏しい私では半分も理解する事が出来ませんでした」
「でも、ヴァイスさんの事は信じていますので、本当の事なのでしょう」
「でも鉄で出来た馬車が馬無しで走ったり、翼を広げて空を飛ぶなんて……」
「それにヴァイスさんが一度は死んでいたなんて……。嘘では無いと分かっていても、信じたくはないものです」
「それにしても何故、メリエベーラさんは私達の邪魔をするのでしょうか?」
「本当に困っていますし、一番信じたくない存在です。も~~激おこですよ!?」
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