第8話 ヴァイスの秘密
「ヴァイスさん。指輪がどうかしましたか?」
「ん?いや、これを売れば少しはお金になるかなって思ったんだけど。何をやっても抜けないんだよね……」
冒険者ギルドの前でヴァイスとサーラの二人は、受付のベレットが馬車を用意してくれるのを待っているのだが。
彼が横でずーーーっと、右手の中指を左手で掴みグリグリとしているものだから、サーラは気になってしょうがなかった。
なお、そこに着いている指輪の事を、幾夜もともにしたサーラはよく知っている。
年代物の銀で出来た大ぶりの台座には複雑な模様が刻み込まれており。
そこに埋め込まれている大きなアーモンド型の宝石に月明かりが当たると、紋章のような物が浮かび上がるのだ。
それをヴァイスが肌身離さず持っていたことから、よほど大切な物なのだろうと思っていたのだが。
このタイミングで必死に外そうとしているところを見ると、そうでは無かったようである。
無意識の内にほっと小さく息をついた自分に、サーラは気がついていない。
一方のヴァイスは、本気でこの立派な指輪を売り払おうと考えていた。
実は転生した時から、この指輪が彼の指に着いていたのだが、それ以外に所持品が無かっため、本当に苦労した。
まずスタート地点が貧民街だったので、食べ物を得るための仕事にすら就くことすら出来ず。
あまつさえ彼の指輪を奪おうとする輩までが現れたのである。
幸い、健康で頑丈な体を持っていたので、ホームレス相手に喧嘩で負けることはなかったが、昼夜を問わず気が休まる暇がなかった。
それこそ、武器も持たずに魔物の巣へ放り込まれたような状況である。
そしてほうほうの体で逃げ出した先、旧市街地を囲む城壁の正門で、細身の剣を腰に携えたベレットと出会ったのである。
なお、この古ぼけた銀色の指輪だが、リングと指の間には隙間がありクルクルと回るのに、外そうとするとびくとも動かなくなる不思議な品物なのである。
「待たせたな。いい馬が残って無くてな……」
「いえ、いいんですよ。僕の方こそ、無理を言ってすいません。必ず返しますから」
手綱を掴み、隻眼のベレットが連れてきたのは、口元が白く変わったくたびれた様子の馬だった。
とぼとぼと歩く姿がなんとも頼りないが、長く生きている分だけ、人の言葉が理解できそうである。
この馬と馬車は冒険者ギルドの貸出用なのだが、借りるためには保証金が必要であった。
しかし今のヴァイスはサーラだけでなく、メリエベーラの食費まで稼がねばならず。
更に
そこで、今回は特別にベレットが保証金を立て替えてくれたので。
せめて指輪を担保として渡そうと考えたのだが、何度試しても外れてくれなかった。
「気にするな。無理を頼んだのは、こちらだ。あと松明とロープを荷台に積んでおいたから、好きに使ってくれ」
恐縮するヴァイスの肩に手を置いたベレットの言葉につられ、彼が古ぼけた馬車の荷台を見てみると。
まるで薪のように束ねられた松明とロープの束が置かれていた。
これから向かうケープマウンテンが洞窟状のダンジョンだった事を思い出す。
「すいません。何から何まで……」
「だから気にするな。それよりも本当に大丈夫なのか?無理をするなよ」
改めて経験不足を痛感しているヴァイスの肩を強く握り、剣の師匠でもあるベレットが励ましてくれた。
ただ、後半の言葉から、彼女も不安なのだと分かる。
「大丈夫ですよ。今はサーラさんも居ますから。ねっ」
「はいっ。危険だと感じたら、ヴァイスさんを引きずってでも戻って来ますから♪」
心配げに手綱を差し出すベレットの言葉に空元気で応え。
ヴァイスが横に佇むサーラをチラリと見やると、晴れ渡った空のような笑顔が戻ってきた。
そのままベレットの手から、サーラが手綱を受け取ってくれる。
ヴァイスが馬車を操作出来ないことを、さり気なく隠してくれたのだ。
そんな心遣いも、今の彼には身にしみて感じる。
「それは心強い。コイツは無鉄砲なところがあるからな。それに、こっちの手綱も握るのも忘れるなよ?なかなかイイ物を持っているからな。ハハハハハ」
「なっ、どどどど、ドサクサに紛れて、どこを触ってるんですか?!サーラさんの前で下品な冗談は止めてくださいよ。まったく…………」
立ち去り際に、サラッと彼の股間を撫でたベレットに、ヴァイスは顔を真赤にして動揺を見せているが、聖女様には意味が通じなかったらしく。
可愛らしく小首を傾げ、ポカーーーンとするだけだった。
冒険者ギルドから借りた老馬は非常に大人しく。
子供の頃の記憶を頼りに手綱を握っているサーラの指示通りに動いてくれている。
お陰で人通りの多い大通りでも、問題なく通過することが出来。
見上げるほど大きな門を潜り、貧民街のゴミゴミとした細い通りに入っても止まることなく進んでいる。
ただ、とても遅かった。
これからダンジョンへ若くて綺麗な受付嬢を救出しに行くとは、誰も思うまい。
しかし冒険者の足で半日の距離を、長いこと軟禁生活を送ることを余儀なくされていた、聖女様が歩くよりは早い。
それにベレットも言っていたが、受付嬢に同行している新人パーティーは8人組なのである。
初心者向けダンジョンに指定されているケープマウンテンなら、無事に戻って来れる公算が高かった。
しかもパーティー名は”獄炎のケルベルス”と、なかなか強そうである。
ただヴァイスは別の意味で不安を感じていた。
実は以前に、その8人組と狩り場が被ったことがあるのだ。
ヴァイスはサーラとパーティーを組んだばかりとあり。
森の浅瀬で一匹で居るゴブリンやコボルトを見つけては倒していた。
そこへ大勢のコボルトを引き連れた、若い戦士が現れたのである。
しかも別方向からも、
ヴァイスは早々に戦うことを諦めると、小柄なサーラを抱き上て死に物狂いで逃げた。
その直後に、走り去る彼の横を通り過ぎた魔法の火の玉が、魔物の群れを焼き払ってくれたのだが。
危うく2人も範囲魔法に巻き込まれ、怪我をするところだった。
なおその新人パーティーは人数が多い事を利用して、追い込み漁をしていたらしいのだが、他人からすれば迷惑行為でしかなかった。
そこでヴァイスは一言文句を言ったのだが、リーダー格の戦士は悪びれるでもなく。
あまつさえ聖女であるサーラに色目まで使ってきたのである。
因みに8人組は全員が男で、まるで半グレ集団のような雰囲気を醸し出していた事を、今でもハッキリと覚えている。
つまり何が言いたいかというと、若くて美人の受付嬢にとっては、魔物よりもそちらの方が危険だという事である。
「ところでヴァイスさん」
「は、はいっ!」
馬車が街を出たところで、唐突にサーラに話しかけられ、ヴァイスはビクッと震えてから背筋を伸ばした。
実は彼には、もう一つ、心配の種があった。
「どうかしましたか?私は指輪の事をお尋ねしようと思ったのですけど……」
「えっ、あっ、ああ、この指輪ね。実はてん……」
転生したら指に着いていたんだよねと言い掛け、ヴァイスは慌てて口を
実はサーラと出会う前に、一度だけとはいえベレットとも関係を結んだ事がバレたらと思うと、彼は気が気ではなかった。
しかしそうではないと分かり油断したところで、今度は別の秘密まで口走るところであった。
「”てん”がどうかしましたか?」
「いや、てん、テン、テント~~ウ虫がですね~、僕の指に止まって……」
汗をかき始めた彼を、不思議な表情をして見つめる聖女様の白くて美しい顔が近づき。
ヴァイスは何とか乗り切ろうとしていたが、見苦しい言い訳をする事を止めた。
静かに目を閉じてから、肺の中に残っていた息を吐き出す。
「…………」
「もしも僕が、別の世界から来たと言ったら、信じてもえますか?」
「別の……世界?ですか。それは天界の事でしょうか?」
「いえ、神様ではなく、普通の人間が住む世界からです。ここみたいに街の外に出れば緑が広がっているような場所じゃなくて、灰色の建物で埋め尽くされた、息が詰まるような所です」
・=・=・=・=・=・=・=・=・
聖女の独り言。
「こんにちはサーラです」
「ずっと気になっていた指輪が、ヴァイスさんにとって大切な物ではないと分かり、ホッとしました」
「実はこの世界でも恋人や婚約者に指輪を贈ったりしますし、貴族の方々は紋章入の指輪を着けたりするんですよ」
「しかしホッとしたのも束の間。今度はヴァイスさんが別の世界から来たと言い出したものだから、も~~大変!?」
「私、どうリアクションしたらいいのでしょうか?」
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