第7話 緊急依頼

 街中の喧騒とは対称的に、冒険者ギルドの中は薄暗く、ひっそりと静まり返っていた。

 話し声が聞こえないわけではないが、ベテランの冒険者が壁際やテーブルに集まり、何やらヒソヒソと話しをしている。


 そこへ何も知らず入ってきたヴァイスとサーラの二人に視線が集まるも、直ぐに話し合いに戻ってしまう。


 なお、サキュバスであるメリエベーラは、冒険者ギルドには魔除けの結界が張られているとかで、城壁を潜る前に姿を消している。

 だから魔法使いとして旅に同行してはいるものの、冒険者としては登録していない。


 「こんにちは、ベレットさん。どうかしましたか?」

 「おっ、ヴァイスじゃないか、ちょうど良かった。実はキミに頼みたい事があるんだ」


 ギルド内の不穏な空気を感じつつも、革鎧を着込んだヴァイスがカウンターの向こう側で話し込んでいる背の高い女性に声を掛けると。

 直ぐに彼の方を向いてくれた。


 振り返った勢いで短く切りそろえられた髪がふわっと広がり。

 その落ち着いた色の髪が持ち主の頬に触れるよりも早く、小ぶりな顔で鋭い眼光を放つ左目が彼を見据える。


 なお、ベレットは右目に黒い眼帯をしており、シャープな顔立ちがより一層鋭く感じられる。

 また肌寒い季節だというのに半袖短パンからスラリとした手足を伸ばし、一見すると男性に見えなくもないが。

 シンプルな半袖シャツを下から持ち上げる、立派な膨らみが2つある。


 彼女の名前はベレット。

 普段は受付嬢をしているが、元Bランク冒険者の軽戦士で、試験官までも務める頼れる女性で。

 この世界に不慣れっだった彼に、冒険者のイロハから剣の手ほどきまでしてくれた大恩人でもある。


 しかも酔った勢いで……。


 というわけで、彼女の頼みを断る事は出来ない。


 しかしベレットの話を聞き終えたところで、ヴァイスは躊躇ためらわずにはいれれなかった。


 何でも彼が冒険者になったのと同じ頃に受付嬢になったクラリッサが、新人冒険者をダンジョンに案内したまま戻って来ないらしく。

 様子を見て来て欲しいそうなのだが、場所が悪かった。


 「よりによってケープマウンテンですか……」

 「なんだい、青い顔をして。ブラッディウルフの群れを倒しだんだ。ありぐらい大したことないだろ?」


 ケープマウンテンは標高800m程の台形をした山で、その山並みが肩から掛けたケープに見えることから、そう名付けられた。

 起伏が少ないことからトレッキング(山歩き)に良さそうな山に見えるが、内部にはジャイアントアントという巨大な蟻が巣を作っている事から。

 冒険者の間ではアント山の名前で親しまれている。


 また巣の入り口が裾野に有り、低層部にはワーカーアント(働きアリ)とゴブリンしか居ないことから。

 初心者向けのダンジョンとしても有名な場所である。


 「そう、なんですけどね……」

 「ベレットさん。実は……ヴァイスさん、虫が苦手なんです」


 師匠でもある女性に圧力を掛けられ言いよどむヴァイスに代わり。

 斜め後ろに控えていたサーラがベレットにだけ聞こえるように、口元に手を添えて伝えてくれた。


 前世の記憶を持つヴァイスは、スズメバチに刺され転落死した事を鮮明に覚えており。

 昆虫全般がトラウマになってしまった。


 だから昆虫型の魔物を前にすると、固まって何も出来なくなってしまうのだ。


 「そうだったか……。でも、困っな」

 「あのっ……、他の冒険者の方に頼む事は出来ないのですか?」


 スタイルの良い腰に手をあて考え込むベレットに、すがりつくような目をしてヴァイスが尋ねた。

 彼としては困っている人が居れば助けてあげたいと強く思っている。

 しかしあの大きな複眼を持つ凶暴な顔を思い出しただけで竦んでしまうのだ。


 強く握りしめた手が、早くも汗ばみ始めている。


 「なんだい、そんな事も知らなかったのか?隣の国に金を落とすスライムが見つかったとかで、若い連中はそっちに行っちまったのさ」


 サーラが聖女で生贄だった事や、メリエベーラがサキュバスである事を隠すため。

 彼らは出来る限り他の冒険者やパーティーと関わりを持たないようにしていた。


 そのため情報不足に陥っていたのである。


 またC~Eランクまでの冒険者が不在になった事で出来た穴を、高ランク冒険者が埋めなければならず。

 だから一晩ぐらい行方が分からないからといって、実入りの少ないダンジョンへ高ランク冒険者を派遣するわけには行かないのだ。


 「それで依頼が余ってたんですね……、分かりました。僕たちが向かいます」

 「大丈夫なのか?クラリスに同行したPTは初心者とはいえ、8人も居るんだ。お前が無理をする必要はない」


 冒険者は危険と隣り合わせの職業である。

 それだけに、ほんの些細な怯えから窮地に陥ることもある。


 口調は厳しくとも、ベレットの真っ直ぐな眼差しには不安と心配が滲んでいる。

 その事が彼の決意をより固くする。


 「だったら、なおさら僕が行かないと。途中で会えれば助かるし、ちょうどカプアの森に向かおうと思っていたんです。それにはちよりも蟻の方がマシですから」


 カプアの森には鬼蜂オーガ・ビーと呼ばれる巨大な蜂が生息しており。

 彼らが作る赤い蜂蜜、レッドハニーは精力剤の材料になるため、高額買取の対象となっている。

 だから金欠パーティーには、持って来いの獲物なのである。


 しかしそれは、スズメバチが原因でトラウマなったヴァイスにとっては、まさに天敵とも言える存在。


 それでも挑もうと考えたのは、そもそも鬼蜂は希少種であるために数が少なく。

 広い森の中でなら遠くから弓で射ることも出来るし、危険を感じたら川に飛び込めばいいと考えていたからである。


 しかしジャイアントアントの方は巣の中に群れで住んで居るわけで。

 しかも拡大した蟻の顔がほとんど蜂と変わらない事を、ヴァイスはよく知っているのだった。

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