第6話 お金よりも大切なモノ
雑踏の中を、荷物を満載にした荷馬車が轟音を響かせて行き交う大通り。
ここローデンブルックは街の中心部が城壁に囲まれた、歴史のある都市で。
元々は城壁の中に市街地がスッポリと収まっていたらしい。
しかし長い年月を掛けて街並みが城壁の外まで広がり、そこは雑多な様相を見せている。
都会よりも田舎が好きなヴァイスにとっては、あまり良い眺めとは言い難いが。
それは戦争がなく平和な時代が長く続いている証だと、自慢気に語られるのを耳にしたことがある。
しかし城壁から離れ、外側へ行けば行くほど治安が悪化するのは、なんとも皮肉なことだとも思っている。
というのも、彼が転生した先がその貧民街だったからである。
幸いな事に赤子からのスタートではなく、十代後半の若々しい肉体であったため事なきを得たが。
それでも危うく冒険が始まる前に、第二の人生を終えるところであった。
なお人々は城壁の中側を旧市街地と呼んではいるが、そちらの方が富裕層が多く住んでいる。
だからどの建物も建て替えられているし、手入れも行き届いていて、とても立派だ。
そんな旧市街地の大通りに面した一等地に、3人が目指す冒険者ギルドはある。
「そういえば、サーラさんは馬に乗れたりしますか?」
「馬?……ですか。申し訳有りません。あまりお屋敷から出してもらえませんでしたから……。あ、でも馬車なら動かせると思います。実家にもありましたから!」
交通網が発達した世界から転生したヴァイスだけでなく、交通手段が限られる世界で生まれ育ったサーラも馬に跨った事がなかった。
というのも、彼女は幼い頃に治癒能力が発現したため聖女に祭り上げられてしまい。
そのまま親元から引き離されて、村で一番の権力者である村長に囲われて育ったからである。
それ以来、屋敷から出してもらえたのは年に2度催される祭りの時だけで。
それすらも儀式に駆り出されるだけとあり、彼女が自由に出来る時間はほとんどなく。
両親と再開出来たのも、弟の病気を治してもらうために供物を携えて、村長の屋敷に姿を見せた時だけであった。
だから今も、サーラは迷子にならないようにと無意識のうちに彼に腕に捕まり。
貴族が乗っていると思われる綺羅びやかな馬車に見とれたり、珍しい色彩の鳥を売っている露天などに、大きな青い瞳を輝かせている。
「そうか……でも、馬車を買うとなるとお金が……」
「あっ、私のことなら気を使わないでください。確かカプアの森までは徒歩で3日ほどでしたよね?テントを買っていただけたので、もう大丈夫ですから」
堅実家なヴァイスは、基本的に危険が伴う高収入な依頼を引き受けたりしない。
そのため、3ヶ月たった今も、冒険者ランクはEのままだ。
更にサーラが仲間に加わってからは体力が無い彼女に配慮して、日帰りの依頼ばかりを受けるようにしていた。
だから生活費すら切り詰めている状態なのである。
「そうだけど……。ベレットさんに相談してみるかな」
彼女の申し出は嬉しかったが、ヴァイスとしては素直に頷けない理由があった。
無意識のうちに右手の人差し指にはまている指輪を触りつつ、ギルドに向かって歩き始める。
あれはサーラを生贄の運命から救った後のこと。
結局のところ、村を脅かしていた
迷信深いうえに疑り深い村人が、それを信じるとは思えず。
このまま村に戻ると両親や幼い兄弟に迷惑が掛かってしまうと、真面目で優しいサーラは思い悩んだ。
結果、ヴァイスと契約を済ませたばかりのサキュバスであるメリエベーラに、やはり自分を殺してくれと言い出したのである。
それを見かねたヴァイスが一計を案じ、サーラが旅の仲間に加わる事になったのだが。
長いこと軟禁生活を虐げられた事で、彼女の体力は驚くほど衰えていた。
10分も歩けば息を切らし、20分もすると穿きなれていない革靴が擦れ、靴ずれが出来て歩けなくなってしまう。
仕方なくその日は村から2キロも離れていない場所で、息を潜めて野宿をすることになったのだが。
今度は夜の森が怖くて寝れなかったのである。
結果、ヴァイスは疲弊した彼女を背負い、この街まで戻らなければならなくなったのだが。
更に村人に見つからないようにと森の中を進んだものだから、行きは3日で済んだ工程が7日まで伸び。
頻繁に出くわす魔物とも戦わなければならなかった。
しかも夜の見張りも一人でこなさねばならず。
今度は街に着いたところで、ヴァイスの方が倒れてしまったのである。
しかし物事は悪い事ばかりではない。
彼の真摯で誠実な姿勢に惹かれたサーラと、若くて美しい聖女に甲斐甲斐しく看病してもらったヴァイスが、恋に落ちるのは自然の成り行きであり。
二人が結ばれるのに、それほど時間は必要ではなかった。
それから元気になったヴァイスは、コツコツと貯めていたお金を使い。
愛するサーラのために旅の道具を揃えたのだった。
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