第4話「それを言っちゃあ」

「キシャアアアアアアァァッッ!!!!!!」

「いやぁああああああぁぁぁぁ!!!!!!」


 助手の絶叫が砂漠に響き渡りました。

 目前のアリジゴ君は明らかに威嚇体勢を取っており、興奮状態に見えます。直後その背中が割れました。両脇に展開した黒い甲殻──いえ、上翅の影からその体長を包み隠さんばかりの巨大な飛膜が現れます。向こう側の景色が薄く透ける繊細な芸術品のようなそれに目を奪われる暇もなく、輪郭はすぐさま超震動でぼやけました。大地に波紋が走ります。


「──っ!やばい!」


 硬直した身体に警告が走り、全身を巡る神経は途端に過敏に活発になります。頭が行動のロジックを理解するよりも速く肉体は反射で動いていました。


────ブフォォンッッ


 すぐ横を駆け抜ける黒鉄の砲弾。生み出される突風。砂塵はまるで濁流の如く助手を覆い尽くします。


「うわっぷっ」


 吹き飛ばされ、横に転がされ、それでも咄嗟に振り向いた助手の視線は上に向かいました。


「と、飛んだ……」


 砂煙の切れ目から覗く後ろ姿は大空を舞い、地に伏せる獲物を嘲笑うかのように見下ろしています。その体がゆっくりと此方に向けて切り返してくるのが分かりました。


「!」


 圧倒されていた助手は逃げる隙を失い、アリジゴ君はシャコンという何処か小気味良い音と共にその上空を通り過ぎていきます。


「……?」


 見失ったのかと一瞬安堵した助手はすぐに空からの飛来物に気付きました。見上げた空一面にバラ撒かれたいくつもの黒い破片はみるみる内に巨大化していきます。


「うおおぉぉぉぉ!!??」


──バァン!バァン!バァン!バァン!


 幸いにも直撃は免れましたが、周囲の落下地点からは砂の噴煙が勢い良く立ち昇り、どったんばったん大騒ぎ。再度舞い上がった砂塵から、助手は交差させた腕で顔を護るのに手一杯です。


(逃げなければ!でもこの砂煙から抜ければおそらく奴に捕捉される。だからといってここで動かずともいずれ砂は晴れる。どうする……)


 悩む助手。


「────おーーーーい!!助手くーーーん!!生きとるかーー!!こっちじゃあーーーーーーっ!!!!」


 そんなとき、傍らから聞き馴染みのある声──よりはだいぶ若いですが、確かに知っている声が呼び掛けました。開けた砂漠の地形と砂塵のせいで音と方向が掴みづらいものの、確かに聞こえます。


「────こっちじゃあーーーーっ!!!!」


 助手は声のすると思しき方角へ向け一目散に駆け出しました。両腕を振って、顔の筋肉で露出部をなるべく閉じて、走ります。走ります。


「──右じゃ!!」


 目を開けると砂煙からは抜け出していて、その視界の右、砂の小山の影に無駄にガタイの良いその姿が映ります。背後のアリジゴ君に怯えながらもなんとか走り抜けた助手は、その場所に向けて思い切りスライディングをかましました。


「はぁ…はぁっ!はぁ……」

「おぉ、よく逃げてきたの。無事で何よりじゃわい」

「何よりじゃあ……っ!…はぁ、ないですよ……!!はぁ…ぁあ、本当に、死ぬかと思いました……っ」

「うんうんご苦労じゃった。悪かったよ本当に」


















「落ち着いたか?」

「はい……」


 博士が小山の端から顔を出すと、アリジゴ君は未だ先ほど飛んでいた辺りをトンビのようにぐるぐる旋回していました。どうやら追跡は免れたようですが、いつまた見つけて襲ってくるかも分かりません。


「ふぅむ、まくのは厳しそうじゃな」

「とすると?」

「殺るしかあるまいよ」


 淡々と話す博士に助手はきょとんとした表情。


「殺……っれますか?アレ。人間が相手にしていいやつですかアレ」

「でも素直に通してくれそうも無いしのぉ」

「それはそうですけど……」

「とりあえず現状把握出来たことを伝える。彼奴が口先から飛ばす破片、命中精度は低そうだが着弾地点で拡散する性質があるようじゃ。加えてあの巨体で飛べるときておる──が、これも速度はそれほどでもないと見た。派手な砂の動きは本体より翅の風圧によるものじゃろう」

「あの一瞬でよくそこまで分かりましたね……」

「伊達に50年レジスタンスやっとらんわい」

「流石こういうときは頼りになります」

「よせやい!……デュフッ!デュフォフォンッ!!」

(キモ)

「あともまぁ……殆ど推測じゃが、それ前提で作戦を立てる。良いか?」

「……なにする気です?」












「おらおら!こっちじゃアリジゴ君!!ノロマドベカスマヌケヅラ!節足動物!」


 旋回を続けるアリジゴ君。その見上げる小山の先、小学生のような挑発をかましながら博士が躍り出ました。


「キキキキキ…………」


 挑発に憤ったわけではないでしょうが、アリジゴ君も博士の存在に気付いたようで徐々に高度を上げながらそちらに向かいます。


「そーじゃそーじゃこっちじゃ……」


 博士はそれに踵を返し少しずつ駆け出しました。アリジゴ君も警戒しているのか、着かず離れずの位置で追跡。


「よし」


 それを別の小山の影から見届けた助手。先ほど自分が命からがら抜け出してきた辺りへ素早く移動しながら、助手は博士との会話を思い出します。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「不発弾?」

「そうじゃ。さっき彼奴が投下した破片の数に対して砂の上がった箇所がどうも少なかったように見えた」

「……弾けていない破片があると?」

「おそらくな。助手くんにはそれを出来るだけ回収して貰いたい」


 そう言うと博士は脇に置いてあった二つの荷袋をひっくり返し、中身を全部出してしまいました。空になったそれを助手に突き出すように掲げます。助手は荷物無事だったんですねと安堵しながらも訝しげに袋を受け取りました。


「でも集めてどうするんです。投げて武器にでもするんですか?」

「飛んでる相手に当てる自信無いのぉ……仮に一つや二つ当たったとしても大したダメージにはならんじゃろ」

「ですよね。じゃあ?」

「じゃから罠を張る」

「罠?」

「こいつを使う」

「──それは!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 博士がアリジゴ君を引き付ける中、助手は破片回収に勤しんでいました。幸いにもそれなりに大きいサイズで砂に突き刺さったままの破片は見付けやすく、順調に数が揃っていきます。助手はそれを二つの袋に分けながら、ある程度揃ったところで砂を一緒に詰め込み土のうのようなものを拵えました。作った二つをなるべく平らな場所に密着するように置きます。


「ふぅ。さてあとは……」


 一方その頃博士はというと、


「うわぁぁぁ!!待て待て!話せば分かる!あっ、話して駄目だったんじゃっけ?いやそれどころじゃうおぉぉぉぉぉーー!!!!」

「キシャァアアッッ!!!」


 追い詰められていました。

 アリジゴ君の飛行速度は速くないと言えど、砂地で走って逃げる人間に追い付くには充分。獲物が攻撃手段を持たないと分かるや否や突進や破片飛ばしを駆使して着実に“狩り”を仕掛けてきます。

 博士は爆発で吹き飛ばされつつも、捕まる寸前で飛んだり跳ねたりマトリックスしたりしながらなんとかそれをかわしている状態でした。

 そんなとき、


──カーーン、カーーン、カーーン!


 小気味良い音が響きました。


──カーーン、カーーン、カーーン!


 一定のリズムで鳴り続けるそれは火の用心の拍子木にも聞こえます。それを聞いた博士の表情は苦悶のそれから徐々に晴れやかになりました。


「出来たか!」


 アリジゴ君も音に気付いたらしく、博士から一定の距離を取って着地し、キョロキョロと辺りを見回し始めました。


「やはり……」












 一人と一匹から少し離れた場所で必死に両手に持った“それ”を打ち付ける助手の姿がありました。


「本当に上手くいくんでしょうね博士……」


 再び回想。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「こいつを使う」

「──それは!」


 博士が取り上げたのは黒味がかった半透明の二つの石ころ。握り拳代のそれは荷袋に入っていた火打石──と二人は思っていたのですが、その正確な性質は一日目の夜に判明しました。回想中の回想。


「まじいのぉ……そろそろ日が暮れる」

「あー、一気に気温下がるのかな……火打石……あれ?でもああいうのって石だけあっても駄目なんじゃ……いやそもそも燃料が無いか……」

「それなんじゃよな……」


 そう言うと博士は荷袋から件の石を取り出し、もの悲しげにカチカチと打ち合わせました。するとなんとびっくり。石そのものが淡く橙色に発光し熱を帯び始めたのです。


「「!」」


 火打石というよりは『発熱石』と呼ぶべきそれは、二つを打ち付けると暫くの間周囲に熱を発する──という代物で、二人はこれのおかげでなんとか砂漠の冷たい二夜を乗り越えたのでした。


「でも結局は暖かいだけの石じゃないですか、投げても多分効きませんよ」

「なんですぐ投げようとするんじゃ。違うよ、こいつで彼奴を誘き寄せるんじゃ」

「誘き寄せる?それで?」

「そう、おそらく彼奴はそれほど視界が利いていない。考えてもみたまえ。目蓋もまつ毛も無かろう生き物、この日差しの元で砂も舞うんじゃぞ?光をアテにするより他の器官が発達しとる可能性が高い」

「確かに……?」

「それに君が近づくまで全く反応が無かったのも気になる。そして声を掛けると途端に襲い掛かってきた」

「“音”に反応している?でも博士がオレを呼んだときは……は……は!飛んでいた?」

「うむ。あれだけデカくて威力もある翅を高速で動かしとるからな、そりゃあうるさいじゃろう」

「自分の翅音で気付けなかったのか……。でもそれなら飛んでるときはどうやって獲物を見付けるんです?その時は目を使うんですか?」

「“熱”じゃ」

「熱?」

「消去法じゃがな。光も音も駄目ならそれだと思うんじゃ」

「触覚か嗅覚という可能性は?」

「それも考えたが前者は遠方の感覚がそれほど掴めるとは思えんし、乾燥した場所では匂いは散ってしまいやすい。それに──」

「それに?」

「──砂煙の中でキミの位置が掴めていないようじゃったのは、おそらく表面の熱い砂と地中の冷えていた砂が巻き上げられ混ざり合ったことで、熱が散って分かり辛かったのではなかろうか」

「はぁ」

「熱い冷たいではなく純粋に温度の差や変化に反応しているのならば、より変化の激しい方を優先するはずじゃ」

「それでその石……」

「どうじゃ、やはり根拠としては弱いか?」

「……いえ。今は一番説得力がある仮説ですよ。それに掛けてみましょう!」

「よし来た!」


 博士の立てた作戦は次の通りでした。

 まず博士がアリジゴ君を挑発して不発弾のある位置から遠ざける。

 博士が注意を引いている間に助手が不発弾を回収し、土のう爆弾を作成。設置。

 『発熱石』で音と熱を出して助手の元まで誘き寄せる。

 アリジゴ君が近づいた時点で石を土のうの位置に固定し、助手は全力で逃げる。

 アリジゴ君が土のうに突撃。衝撃を受けた破片が纏まって爆発!相手は死ぬ!!


「名付けて『セルフ・シアーハート作戦〈アタック〉』じゃ」

「やっぱり不安だ……」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ぶおっ!」


 風圧で咽いだ博士を尻目にアリジゴ君は飛び立ちます。目指すのは音のする方向。熱を感じる方向。ぐんぐんとその距離を縮めていきます。


「来た……」


 小山の先から見えた黒い巨体を確認した助手は、先ほどまで打ち付け合っていた二つの石を足元の二つの土のうに挟みます。そしてその場から全力で駆け出しました。アリジゴ君の来た方向、つまり博士が居る方向へ。


「シュウゥゥ──」


 アリジゴ君は助手には目もくれず、ただ目下の“何か”に、その怪しい熱源に狙いを定めます。


「──キシャアアアァァァァァ!!!!」


 そして突っ込みました。獲物を上空に攫おうと、横から掬い上げるような突進。押し寄せ加速した巨体はいとも容易く袋の表面を突き破り、その中身が飛び散る前に全身でもって“接触”しました。衝撃が破片に、弾けた破片の衝撃が他の破片に、連鎖的に伝わっていきます。その間コンマ数秒。


────ぼおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉんんんッッッ!!!!!────


 砂丘が消し飛びました。本日二度目の消失ですが、一度目とは比べ物にならない大規模の大爆発です。脇を駆けていた助手の上空から吹き上げられた砂の瀑布が押し寄せます。


「え」


──ドバアアアアアアアアァァァァァァァ──


「ぎゃあーーー!!!!」











 

 少しして。砂漠は再び静寂を取り戻し、遠方から一部始終を眺めていた博士はここぞとばかりにその一言を叫びました。


「やったか!?」


                ~つづく~ 

 


 

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