第2話「砂漠と現状確認」

(※壮大なBGM)

(※宇宙背景)

(※画面奥に流れていく活字)


丗ヰ歴2X-75年、地球は生産性第一主義を掲げる『妄想統制機構』の手によって支配されていた。創作の自由を取り戻さんとする『フィクション・レジスタンス』の抵抗むなしく、地上から娯楽はその姿を消した──


──のだが数少ない生き残りである博士とその助手は自らの理想を再現する『TIGER 9』と共に地球外へ逃げ込んだ為、その辺は特に関係無くなったのだった。










「あっつッ!あつ!なに、えっ熱い熱い熱い」


 野太い声を上げながら見開いたその目には燦々と照りつける灼熱の太陽が映りました。慌てて暴れる両の手が掴んだのはサラサラとした不定形の感触。上体を起こすとすぐさまその背中に声が掛かります。


「あ、起きましたか博士」


 凛とした綺麗な声でしたが、抑揚の軽さとは別にどこか気だるげで精力の抜けたような浮遊感がありました。


「!」


 振り向くとそこには一人の少女が立っていました。

 茶髪のショートヘアーに整った顔立ちは二十代前後。若干小柄な細い体躯。質素なシャツと皮製のズボンはどちらも短く、手足は出ていますが肘膝当てで関節は保護しています。それらと同じ材質であろう胸当てに薄汚れたマントを羽織ったその姿はさながら風来の旅人といった印象です。


「……」

「……博士?博士ですよね?」


 少し不安になったように声掛けを続ける少女に対し、まじまじと舐め回すような視線が向けられます。


「TSだぁ」

「あんまり面と向かってはっきり言わないでくれます?」


 少女──もとい助手は少し萎縮しながらも言い返します。


「博士こそなんですかその姿」

「何ってキミ、若かりし頃の健康な肉体じゃろうがい」


 そう答えた声の主は筋骨隆々な大男でした。顔は洋風のダンディな中年といったところでしょうか、黒髪のオールバックにくるりと曲がった立派なカイゼル髭が目立ちます。服装は助手と大して変わりませんが、シャツには袖が無くその太ましい二の腕をこれでもかと見せつけています。筋肉によってはち切れんばかりに上下ともパツパツで、タンクトップとストレッチジーンズのようになっていました。


「嘘ですね!博士の昔の写真見たことありますけどもっとひょろひょろ猫背の不健康だったでしょ!」

「い、いいじゃろ別に多少の脚色くらい!!」

「その顔もなんです?変に色気付いちゃって。汚ならしい無精髭はどうしたんです?」

「汚ならしいって言うな!キミこそ美少女になったつもりか知らんが目が死んどるぞ。この日差しでなんでそんな瞳孔真っ黒なんじゃ、深淵でも覗いてきたんか」

「ハイライト無い方が可愛いでしょうが!」


 一通り言い争いが終わると二人は疲れたのか荒い息継ぎを繰り返します。


「ハァハァ……」

「はぁ……はぁ…げほっ…ブッ……ひゃあ、はぁ、あぁ……」

「……よしましょう。ここで見た目を言い合っても仕方ないです。そもそも鏡が無いから自分の顔も分かりませんし」

「そうじゃな……。ルッキズムルッキズム──」

「気を取り直して現状確認といきましょう」

「現状と言ったってここどこなんじゃ?鳥取砂丘?」

「博士にも分からないんですか?」

「言ったじゃろ、ここはあくまでワシの記憶と理想を元にTIGER 9が造り出した世界。ワシらはその世界に取り込まれた一介の人間……創造主でもなければ神でもない。その称号を持つに相応しいとすればタイガーの方じゃ」

「……この見た目は?」

「そこはまぁわりと願望が反映されとるけども……、キミがよそうって言ったんじゃろ」

「すいません」


 助手は改めて辺りを見回します。


「砂漠なのは間違いなさそうですけど……」

「うむ」

「あっ、そういえば荷物に何か……」

「荷物?ワシ何も持ってないけど」

「博士が起きる前に回収しました」

「何勝手なことしとるんじゃ!」

「万一紛失でもしたら大変じゃないですか、だからオレが見張ってたんですよ。むしろ感謝されたいくらいです」

「あー言えばこー言うのぉ」

「と言っても1~2分ぐらいですけどね。博士が起きたら確認しようと思って……っと」


 助手は脇に提げてあった二つの荷袋を持ち上げると、自分と博士の間の砂地に拡げました。それから更に腰に付けていたベルトを取り外して付属品ごとその上に乗せます。


「う~む、これでどうにかしろってことじゃよなぁ」


 確認できた荷物は皮水筒2つに何の肉か分からない少量のジャーキー、火打石、金貨が1枚、銀貨が2枚、サバイバルナイフのような形状の錆び付いた短剣が2本、そして薄汚れた大きな紙がそれらの下敷きになっていました。

 博士はその紙をテーブルクロス引きの要領でゆっくりと引っ張り出して掲げると助手に問います。


「これは地図か?」

「そうみたいです。現在地も分かりますよ」

「現在地?」


 地図の中央をよく見てみると明らかに浮いている黒い印字の見慣れた模様があります。


「うわ!印鑑!!」


 そう、日本人ならば誰もが見慣れたその押印がにかにも冒険道具といった雰囲気の異世界地図に堂々と鎮座していました。チョロチョロと見える他に書かれた文字はしっかりさと謎書体なのに対しこちらはしっかり漢字です。ご丁寧に『博士』と『助手』が丸に囲まれて重なりあうようにそこに押されていました。


「なんか急に現実に引き戻された気分じゃ……」

「他の文字見てみると面白いですよ。知らないはずの形なのに何故か読めちゃう」

「おぉー確かに。けど数字やら記号っぽいのばっかじゃな」

「左上」

「ん?」


 いつの間にか博士の横隣に移動していた助手はその細い指を印影の部分に乗せてから言った通り地図左上までなぞらせます。


「ほぼ途切れてますけど街っぽくないですか?これ」

「むむむ……」


 博士が顔をしかめながらよく見てみると、ほとんど真っ平らな薄茶色と肌色が続く地図の片隅に白い四角の群で構成された一帯がありました。自然物らしからぬそれは、確かに街のようでした。


「ここを目指すしか……」

「なさそうですね」

「うむ、そうと決まれば善は急げ。思い立ったが吉日。タイムイズマネーじゃな」

「出発しましょうか」


 助手は博士の手を取って、博士も差し伸べられたその手を取って立ち上がりました。

 新しい足跡が刻まれては消えていく広い砂漠の真ん中。こうして、髭のマッチョ親父と目が死んでいる茶髪少女の冒険が幕を開けたのでした。



















「あ、方向こっちであってます?」

「え?」


                ~つづく~


 

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