ヒロシとジョッシュの冒険

阿毛ダメダ

第1話「サブカル博士は電気異世界の夢を見るか」

「つ、遂に完成したぞい!!!」

「ほんほーふぇふはふぁかふぇ(本当ですか博士)!」


 サイバーチックな機械群が立ち並び青白い光が照らすだけの薄暗い部屋。

 叫んだのは白髪の目立つ小柄の老人男性。

 それに対し行儀悪くものを咥えながら答えたのは二十代半ば程の線の細い男でした。


「あぁそうだとも助手くんよ。それが最後の合成センベイになるじゃろうて、よく味わうことじゃな」


 博士と呼ばれた老人は毛むくじゃらの下顎をかきながらニヤリと笑みを浮かべました。

 その彼の忠告も聞かず、むしゃばりごっくんと咥えていたセンベイを湯呑みのお茶で早々に流しこんだ助手と呼ばれた男。

 博士は嬉々とした面持ちのままその“完成品”の名を叫びます。


「『超妄想積載型異世界構築AI──TIGER 9(タイガーナイン)』!!!!!」

「やったんですね博士!!」

「そうだとも!これでようやく旅立てるぞ!くそったれな現実からおさらばして念願の異世界に逃避行!」

「そうと決まれば善は急げ、ならば今すぐさぁ行こう!」


 ウキウキの二人でしたが、途端に博士は表情とテンションを一変させ、しわくちゃのその目尻になけなしの涙を浮かべました。


「長かった……。長かったのぅ……」

「博士……」

「思えば生産性の無い創作物は無価値だと主張する過激思想団体が台頭してから約半世紀……人類の創作文化は大きく衰退。レジスタンスも敗れ去り、もはやその意思を継ぐのもワシら二人だけ」

「えぇ。世界を変えることが出来ないのなら理想の世界をつくってしまおうというコンセプトから、博士はタイガーを設計されたんでしたね」

「その通りじゃ。しかし本当に良いのかの?こいつは一度起動すれば後戻りは出来ん。ワシはどうせ老い先短い身じゃが……助手くん、君には今のこの世の中で堅実に生きていくという道もあるのじゃぞ?」

「ふっ……何を今更。そんな人生オレはまっぴらですよ」

「じゃが……」


 助手は脇に置いてあった漫画雑誌を手に取ります。表面は焦げ、紙は劣化して虫食いが蔓延り、もはや原型を留めてはいませんでした。


「オレが産まれた頃にはほとんどの作品は燃やされてしまって、両親が残したごく僅かな所蔵だけがオレの支えでした……」

「……」

「オレはインプット元が狭くて好きなジャンルすら曖昧で……お手伝い出来たのは技術面だけです。ですが、大の“異世界好き”である博士が夢と情熱を掛けて造り上げた世界なら、オレは是非とも行ってみたい。その世界を見てみたい。片道切符もやむなしですよ!」


 助手の目は燦々と輝いていました。


「ンフフ……世界を生成するのは正確にはタイガーじゃがな。ワシこそ記憶と理想を提供したに過ぎん」


 博士は若干の間を取ると、虚空を見つめながら呟きます。


「懐かしいのぅ……あの頃は石を投げれば異世界に当たるほどマンガもラノベもレンタルビデオも、“い”の段だけが万里の如く続いておった……」


 少し歩き、絞り出すようにまた一言。


「助手くん、ワシは異世界が好きじゃ。冒険が好きじゃ。ダンジョンが好きじゃ。チートやハーレムが好きじゃ。スローライフ系も悪役令嬢も好きじゃ。粗製濫造と言われようとも、それでもワシは異世界モノが大好きじゃった」

「はい」

「……前置きが長くなったな」


 白い髭だらけの顔はクリスマスイブの子どものような無邪気な笑みを再びはらみ、その瞳はかつて物語を読んでいたときのような朧気な期待と不安を目の前の青年に向けていました。


「では、行こうか──TIGER 9!起動!!」


 博士の号令に呼応して先ほどまでぼんやりと色を灯すだけだった機械群が一斉に光度を上げ、部屋に蔓延っていた暗闇との比率を逆転させていきます。


──てぇぇん……てれれれーん──


『──おはようございます。博士』


 何処か聞き覚えのある起動音と共に清廉さと淡泊さが混在したような滑舌の良い女性の声が答えました。


「うむ、おはようタイガー。早速だが異世界転生プロトコルを実行してくれ」

『──確認しました。これより三十秒間のキャンセルコード受付時間に入ります。受付時間終了後は自動的にシークエンス処理に移り、以後一切の停止命令を無視します。宜しいですか?』

「構わん。続けてくれ」

『──確認しました。受付を開始します』





──ぽっ・ぽっ・ぽっ・ピィ──────





 それまで大人しくやり取りを静観していた助手が怪訝そうな顔で博士に尋ねます。


「なんでシャトルラン?」

「これしか音源無かったんじゃ……」




──ぽ・ぽ・ぽ・ピ──────




「これよりワシらの肉体は高次電子分解され、TIGER 9に情報として取り込まれる。この基地もサーバーごと宇宙空間へ向け打ち上げられる!覚悟は良いな!!」

「はい!!!!」



──ぽぽぽピ──────



「音早くなるの早くないですか?」

「そっちの方が盛り上がると思って……」


『受付を終了します』


 TIGER 9がそれを告げた頃、廃ビルだらけのゴーストタウンの一角、厚い雲に覆われた空の下でその中の一棟に異変が起きていました。

 構造を支えていた鉄筋は折れ曲がり、配線も剥き出し。コンクリートにはヒビが根を張り瓦礫の山が内部を占拠しています。もはや元がなんの建物だったかも分からないそのビルが今、崩れました。


────ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴブゴゴゴゴゴゴづゴ────


──ピシッ──


 轟音を立てて崩壊していくビルに呼応するように一筋のき裂が走りました。瓦礫の雨あられを吸い込むかの如く真下の地面が縦二つに割れてスライドしていきます。立ち昇る土煙の中で真っ直ぐに、巨大で細長いシルエットが天に向けて伸び始めました。


 土煙が晴れると姿を表したのは黒鋼色の円柱。設計サイズをミスった煙突のようなそれは途端に辺りの空気を震わせました。見るからにエネルギーを溜めています。なんだかキュイイインという音もしています。もう撃つしかない。撃っちゃおう。撃て。撃ちました。


──ドカン──


 天高く撃ち上がったのは円柱に引けを取らないサイズの巨大な球体。砲弾のようなそれが博士の言った基地兼宇宙船でした。銀色の厚紙を何枚も貼り付けたような外装の、フ◯テレビのアレのような構造体は一切速度を緩めることなく尚も空へ昇っていきます。

 球体が見下ろす先にはかつて日本一の電気街と呼ばれた小さな街並みがありました。


 球体の中。光量が臨界を迎えたライトブルーの世界で博士と助手は肉体の楔をほどかせながらそれぞれの思いを巡らせていました。


「さらばじゃ愛しき我が故郷、地球よ。そして聖地秋葉原よ。地方出身だから全盛期に来たこと一度も無いけどさらばじゃ……」

「シャトルラン苦手だったなぁ……」


 大気圏を抜け、地球の重力圏を抜け、二人のオタクと夢をのせた方舟は銀河の果てへと静かに消えていくのでした。


                ~つづく~





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