第43話 神様は俺達を救わない——……【水城side】

 水城side...★


 俺、水城みずきれんはいとことお見合いをして結婚して数ヶ月が経った頃、最愛の妻から報告があると言われ、帰ってくるなりダイニングテーブルに向かい合うように座らされてた。

 

「え? 何? 改まって……」


 目の前にはいつも以上にニコニコと笑みを浮かべた胡桃くるみちゃん。普段から優しくて疲れた心を癒してくれるんだけれども……えっとー、今日はその笑顔が怖いです。


 普段、優しい人の笑顔って怖いよね?


 だが理由が分からず、一生懸命頭を回転させて考えた。

 もしかして元カノが無断で突撃訪問してきたとか? それともこの前、友達の付き合いでガールズバーに行ったのがバレた?


「あのね、廉くん」

「はい、ゴメンナサイ! でもあれは俺の意思ではなく、付き合いでやむ得なく!」


「え?」っと、キョトンとした表情で首を傾げた。もしかして違った? これって大いなる自爆? 俺、やっちまった?

 意地悪な笑みを浮かべる胡桃ちゃんにどんどん追い詰められていく。そ、そんな目で見ないでください……!


「廉くん、私に後ろめたいことがあったのかな?」

「違う、これは胡桃ちゃんが意味深な表情をするからで! 全然、全然! やましいことなんて何もないよ?」


 優しい胡桃ちゃんは深追いすることなくサラッと笑って流してくれてたんだけど、代わりにスマホの画像を開いて見せてくれた。

 何だと覗き込むと、そこに写っていたのは妊娠検査薬、しかも陽性だ。


 え、嘘。マジで?

 身体中の鳥肌がゾワっと立った。


 驚いて目開いた顔を胡桃ちゃんに向けると、今度はエコーの写真を見せて微笑んだ。


「妊娠8週目で心拍まで確認できたよ。私達、パパとママになるんだよ」

「マジで! 赤ちゃんできたんだ!」


 きっと俺は、その時に見た彼女の表情を一生忘れない。こんなにも幸せなことが自分たちの身に起きるなんて想像もしていなかった。

 思わず椅子を後ろに倒して、そのまま胡桃ちゃんに抱き付いて喜んだ。俺達の子供が、二人の子供がお腹に宿っているなんて——!


「胡桃ちゃん、ありがとう……! 絶対にこの子を二人で幸せにしよう」

「うん、廉くん……頑張ろうね。この子のために二人で支え合おうね」


 それからはひたすら幸せな日々が過ぎていった。彼女のお腹が膨れる度に出産日が楽しみになり、あらゆる人に自慢して回ったものだ。あまりにも順調過ぎた故に、この幸せが当たり前だと思い込んでいたほどだ。


「ねぇ、廉くん。この子は男の子だけど、やっぱり女の子も欲しい?」

「えぇー、そうだねー。うん、女の子も憧れるけど、俺と胡桃ちゃんの子ならどっちでもいいよ」


 ベッドに横になって、二人でお腹を撫でながら語るのが日課になってきた。妊娠も8ヶ月になり安定期も目前だ。

 彼女に出逢わなければこの幸せもなかったんだと思うと、もう神様に頭が上がらない。


「今度ね、寿々と一緒に赤ちゃんの服を買いに行こうって話をしていたんだ。一緒に行ってきてもいい?」

「勿論だよ! 寿々ちゃんが一緒なら安心だし。でも気をつけてよ? 今は胡桃ちゃん一人の身体じゃないんだからさー」

「うん、分かってるよ。私、自分の命にかえてもこの子を守りたい……。このこの幸せが一番なんだ」



 だが、その幸せも——瞬いた間に見た儚い夢だったんじゃないかと思わせるほど、残酷な仕打ちが待っていた。


 いつものように顧客の積算をしていた時だった。いつもならない時間に胡桃ちゃんから連絡が入ったのだ。いや、正確には通院している産婦人科から。まさか病院から直接連絡が入るなんて思わなくて、スマホに伸ばした手に躊躇いが生じたほどだ。


『破水しました……切迫流産です』

「……は? 切迫流産……?」


 目の前が真っ白になって、無音になって——……神様を恨んだ。


 昨日まであんなに幸せだったのに、何で?

 予定日まで指折り数えていて……今、1000gを超えたくらいだって。


 1000g……あの時はもうこんなに大きくなったと言っていたけど、まだ、すごく小さい。


「あの、子供は? お腹の赤ちゃんはどうなるんですか⁉︎」


 それに胡桃は? 彼女は無事なのか⁉︎


『水城さん、落ち着いてください。まずは病院へお越しください。詳しいことは先生から説明がありますので』


 それから後のことはあまり覚えていない。

 先生から一通りの説明を受けた後、入ってきた光景は泣きじゃくる彼女の姿。


 幸せは一瞬で消え失せる——……。


 神様は俺達のことを救いやしてくれないんだ。




 ・・・・・・・・・★


「ごめん、廉くん……本当にごめんなさい……! 私が悪いんだ、私が……私が!」

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