第37話 大好き……♡

 その後、イコさんへの報告を終えたユウとシウは病室を後にして、アパートへと戻る為に車に乗り込んだ。


「——あ、そうだ。今度は僕の両親にも挨拶に行かないといけないね」


 付き合ったことも言っていないのに、結婚するなんて言ったら驚くだろう。ビックリした表情が目に浮かぶ。

 だけど何故だろう、その表情すら待ち望んでしまうのは。少しでも早く喜ばせてあげたいと気持ちが早る。


「あ、ユウ。実は——もしかしたらおばさん達にはバレてるかもしれない」

「え?」


 バレてるってどういうことだろう? 自分が把握していない事実があるってことだろうか? 


「え、待って? それってどういう意味?」

「あのね、ユウが帰省した時、何も言わずに帰っちゃったでしょ? その時にユウの話を聞きたいと思っておばさんに色んなことを聞いたんだ。仕事の事とか、その他にも色々」


 色々って何? 

 いや、シウの場合は諦めないと宣言していたし、幼馴染の特権を使うのは仕方ないと思うけれども。


 それに幼少期から「ユウのお嫁さんになりたい」と宣言していたシウだ。

 ある意味、正々堂々と外堀を埋めたと言った感じなのだろう。


「だからね、その……付き合うことになったって言っても、そんなにビックリしないと思う。むしろ応援してくれてたし」


 彼女は申し訳なさそうに謝っていたが、そもそも黙って帰った自分が悪いのだ。いや、それ以前に神崎さんと一緒に偽装したことが悪い。


「むしろありがとう、色んな説明が省けて良かったかも」

「ううん、それより……ありがとう。私を守るって決めてくれて」


 ハンドルを持っていない左の手を掴んで、シウは嬉しそうに微笑みながら目を細めた。

 暗くてよく見えないが、僅かに頬が紅潮しているように見える。

 潤んだ瞳に柔い唇も、彼女の全てが愛しく見える。車を停めて、今すぐ抱きしめたいと気持ちが高ぶる。


 可愛い、本当に可愛過ぎる。


「シウ、その……未知さんが大変な時で本当に申し訳ないんだけど」

「うん? どうしたの?」


 上目で覗き込む仕草もいじらしい。

 それは反則だ、もう気持ちを抑える自信がない。

 未知さんが意識を取り戻した暁には、速攻でシウを抱き締めたい。


「早く目を覚ましてもらって、僕らも安心して夫婦らしいことをしたいな」


 ユウの言葉にシウも虚を突かれたように黙り込んだが、理解した瞬間、顔を真っ赤にして照れて笑っていた。


「もしかして気を使ってた……? 昨日もキスしてこなかったから、何でだろうって思ってたけれど」


 そりゃ、配慮するだろう。寝ないで看病しているイコさんのこともあるし、自分達だけ楽しい思いをするのは気が引ける。


 ただ、安心したシウの顔を見ると、我慢していたことは伝えて正解だったと悟った。手を出さない理由が分かって安心したのだろう。


「お父さんが元気になったら、たくさん甘えていい?」

「——うん。きっと僕も甘えると思う」


 そうでなくても、付き合いたてで一番楽しい時期なのだ。欲情を抑えるだけでも必死だ。

 しなくてはいけないことが沢山あるのに、手がつけられないのも悲しいものだ。


「ねぇ、ユウ。本当に色々ありがとう。私、ユウを好きになってよかった。大好き」


 素直に好意を伝えてくるシウが愛しくて、信号待ちの時に抱き寄せて、耳元に唇を押し当てた。


「……僕も、シウが世界で一番大事だよ」


 はにかむように笑う彼女に満足して、車を発進させた。


 もう前の自分達とは違い、互いに信じて想い合っているのなら何も恐いものはない。そう思っていたのだが、現実はそう甘くなかった。



 翌日、仕事終わりに未知さんのお見舞いに向かうと、病室の前でドーンと仁王立ちしている男性の姿が目に入った。

 その放っている威圧感は、推しアイドルを自主的に警備をしているトップオタのようだ。

 新参者は一匹たりとも近付けさせまいと、空回りの意気込みを発揮しているようだ。


「……え、未知さん推し?」

「違っ、あの人……私のイトコ。知沙さんの息子さんの伸哉のぶやさん」


 まさか、一方的攻略結婚の相手か? まるで熊のような風貌で、柔道黒帯を自慢していそうだと印象を受けた。

 優男のユウとは対照的な男気溢れた大柄の男だった。


「ん、シウ! やっと来たか! ずっと待っていたんだぞ? スマホにも連絡したんだが、着信なかったか?」


 声をかけられたシウは、心底嫌そうな顔をしながら唇を尖らせていた。そんな彼女を見て、流石のユウも察した。


『苦手なんだ、シウ。まぁ、気持ちは分からなくもない』


「おいおい困るぞ? 曲がりなりにも俺とシウは婚約者なんだからな? 常に俺からの連絡は最優先に、連絡があったら即折り返すように」

「——違うもん。私はユウと付き合ってて、ユウと結婚するんだもん。伸哉さんとは婚約なんてしてないもん」

「シウ、お前ってやつは! 俺がいないと何もできない奴なのに強がるなって! 大体、そんなオッサン……顔だけだろう? 男はな、見た目だけでなく甲斐性、将来性、そして如何にワイフを愛しているかが大事なんだぞ?」


 流石、あの知沙さんの息子。自分の主張しか認めていない。


「ユウは小さい時から私の事を大事にしてくれたし、お父さんが倒れた時だって親身になってくれたの! 私達から何もかも奪い取って苦しめようとするアンタ達の方が、よっぽど迷惑なんだけど?」

「違うぞ、シウ! 俺もママもシウ達のことを心配して提案してあげているんだ!」


 やめてくれ、その見た目でママは反則だ!

 手入れもしていない極太眉毛に立派で大きな鼻。そして厚めの唇、男性ホルモンが膨大なのが一目瞭然の見た目でママはダメだ!


「大体、顔のいい男は浮気性なんだよ! こんな男と結婚したら、シウも涙を飲むハメになるぞ?」

「残念でしたー。ユウは今まで女性と付き合ったことのないピュア童貞なんです。むしろ手当たり次第告白してる伸哉さんの方が、遊びまくってるんじゃないの?」

「ば、馬鹿野郎! そんなの嘘に決まってるだろう⁉︎ こんな男が童貞なわけがあるか! 少女漫画でも有り得ないし、むしろ気持ち悪いだろう!」


 何でこんなに好き勝手言われないといけないんだ? 恋愛に興味がなかったんだよ! 三十路前まで童貞で何が悪い!

 むしろ強姦レイプしまくったり、女性を食い漁っている男よりもずっとマシだろう?


 これ以上、この二人の討論を聞いていると心のHPが抉られてしまう。早く未知さんのお見舞いへ向かいたいのだが——……。


 だが、息子がここにいるということは、あの癖強叔母もいるのでは?


 病室のドアの取手に手をかけ、開けた瞬間。案の定の光景が広がっていた。


「先生、お願いします! この淫乱売女が私の大事な弟を誑かしたんです! きっと弟が目を覚さないのはこの女の仕業なんです!」

「確かに! 知沙さんのおっしゃる通り、この女からは良くない気が滲み出ています! このサキュバス! 今すぐ出て行きなさい‼︎」


 ——地獄絵図だ。

 胡散臭いローブを着た黒づくめの女性が水晶片手に怪しい動きをしている。そしてその後ろでこれまた怪しい水を撒き散らしている知沙の姿が、前回にも増して滑稽だった。


 そして言いたい放題暴言を吐かれたイコさんは、何とも言えない表情で未知さんの隣に座っていた。


「い、イコさん……。これは一体……」


 とても意識不明の重傷患者の病室での行為に思えなかった。これが悪夢なら、早く目が覚めてほしい……。


 ・・・・・・・・・★


「——キチガイほど恐ろしいものはないって、身をもって味わった……。これが身内になるって思ったら、ゾッとする」


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