第35話 腹の底が見えて、卑しいわ

 次の日、イコさんの着替えや日用品などを用意してシウと共に病室へと向かった。未知さんの容態は相変わらずだったが、昨晩のことをイコさんに話したいとシウは終始浮ついた様子でソワソワしていた。


「お母さん、ビックリするかな? 私も驚いたからなー」


 ゼロ日婚まではいかなくても、それに匹敵する速さだ。だがイコさん達なら理解してくれるだろうと信じて向かったのだが、病室の中は想定外の状況が起きていた。


「あら、シウ。アンタも来たの?」


 威圧的な態度で声を掛けてきたのは厚化粧の癖の強いマダムだった。シウに聞くと未知さんのお姉さんだとコッソリと教えてくれた。


「あら、ご一緒のはお知り合いの方かしら? 申し訳ないけど、今とても大事な話をしているの。席を外してくださる?」

「——知沙ちさおば様、もしかしてお父さんの会社のこと? そのことなら昨日話したように」

「ダメよー、シウ。会社っていうのは子供のアンタが考えているよりも大事なの。代表者が不在のままだなんてみっともない! 第一、未知の意識が戻ったとしても今までのように働ける保証はどこにもないでしょ? それに元々未知の会社は私の父の会社なの。だから私にも継ぐ権利はあるし、身内が引き継ぐのが正当だと思わない?」


 想像以上にグイグイと圧を掛けてくる。

 そもそも未知さんがどうなるかなんて分からない状況なのに、随分と気が早い。

 血の繋がった肉親ならば、もっとかけるべき言葉があるだろうと不信感が募った。


「でもお義姉さん、未知さんがこんな状態の時に、そんな」

「もう、こんな状態だから言ってるんじゃない! そもそも私はあなたのことを認めていないのよ? コブ付きのくせに平然とした顔で未知と籍を入れて。色仕掛けで迫ったんでしょ? このアバズレ! 今回の事故もアンタが仕組んだことなんじゃないの?」


 なっ……⁉︎

 あまりにも心無い誹謗中傷に、ユウの方が感情を取り乱しそうになった。

 未知さんがこうなって一番胸を苦しめているのがイコさんだというのに、よくも抜け抜けと言えるものだと歯軋りを鳴らした。


「大体ね、未知もアナタもシウが守岡の子供だっていうけれど、私は信じてないんだからね? アンタみたいな売女に引っかかるなんて未知も見る目がないわね。ほら、さっさと未知が所持している株を私に渡しなさいって」


 コイツ……っ、本当に未知さんのお姉さんなのか?

 低俗で品のない言葉の羅列に、普段のイコさんへの仕打ちが見え隠れする。


「申し訳ないですが、こればかりは未知さんのなので、いくらお義姉さんとはいえど勝手に渡すことは」

「100万で手を打ってあげるから! それからこの病院の入院費も支払うわ! それで責任や重圧から解放させてあげるっていうんだから安いものでしょ? それとも何? 何も知らないアンタが未知の跡を継いで、従業員を路頭に迷わせるっていうの?」


「いや、100万って。流石にそんなに安いわけないのに? 入院費もどうせ保険屋が支払うだろうから心配ないだろうし」


 あまりにも理不尽な言いがかりに、思わず口を挟んでしまった。ギラっと睨む知沙に、ユウは怯むように後退りをしてしまった。


「——何、アンタ。もしかしてイコの間男? 主人が意識を失ってる間に逢瀬なんて、何を考えているのイコさん! はぁー……未知も空で呆れ返っていると思うわ」


 いや、そもそも未知さんはまだ死んでいない。死んだ扱いするアンタが身内の恥だと顔を背けたくなるだろう。


 それよりもシウが叔母である知沙を鬼の剣幕で睨みつけていた。やはり母親を蔑ろにされたのが気に食わないのだろうか?


「ユウは……ユウは私の彼氏なの! お母さんのじゃない!」


 いや、シウ。今はそんな話をしてる場合じゃない!


「は? こんな歳の離れた男と付き合っているの? 搾取よ、そんなのシウの若さを搾取した鬼畜の所業よ!」

「うるさい、うるさい! 叔母さん最低だよ! そもそも叔母さんに渡す株なんてないんだから! 私が大学を卒業するまでは森田部長や浜本課長などに助けてもらって頑張りますから、どうぞお気になさらず!」

「あのね、シウ。子供のアンタが思っているより現実は甘くないのよ?」


 シウの肩を掴もうと手が上されたので、ユウは間に入るように身体を張り、そのまま知沙の手を掴んで動きを止めた。


「——未知さんの前ですよ? こんな醜い言い合いをしてもいいんですか?」


 知沙はカッと顔を真っ赤にして、掴まれた腕を払おうと懸命に腕を振ったが一向に外れなかった。


「そもそもイコさんのことをあれだけ虐げていますが、僕から言わせてもらえばアナタの言葉の方が余程卑しい」

「なっ、私とこの淫乱女と一緒にしないでくださる? 私は善意で言ってあげているのに」

「実弟が選んだ女性を蔑むことが善意……。生まれ変わってもアナタのような感性にだけは絶対になりたくないですね。知らない間に多くの人を傷つけたくないですから」


 親戚に敵を作るのは決して良策ではないと分かってはいたのだが、黙っていられなかった。

 だって、きっとアナタならそう言うだろうって思ったら——ねぇ、未知さん。


 ユウは一定の心音を刻む未知に視線を向けて、生唾を飲み込んだ。


 ・・・・・・・・・・・★


「——これでもう、後戻りできない」


ちなみにマダムと表記していますが、本編の未知の元奥様のマダムとは別キャラで、完全新キャラです><

ご了承お願いいたしますm(_ _)m💦

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