第31話 変わらないと思っていた日々
「へぇ、和佳子と雪村さん順調なんだね。良かった」
久しぶりにデートの約束をしたユウ達は、近くのカフェに入ってお互い近況報告をし合った。皆が幸せな方向に進んで何よりだと思う反面、頭の隅でモヤモヤした違和感を拭い切れなかった。
人間とは不思議な生き物で、幸せすぎると不安になるのだ。
「ねぇ、ユウ。今日は……ユウの部屋に行きたいんだけど、この前の約束覚えてる?」
この前の約束?
もしかしてお揃いのものが欲しいと言っていたあの件だろうか?
あの日の買ったモノは今もクローゼットの中に保管してある。先に並べようとも思ったのだが、シウの楽しみをとったらいけないと思って取っておいたのだ。
「それなら少し買い物をしてから行く? 食事も家ですればいいし」
シウは嬉しそうに笑って、大きく頷いた。
「とりあえず……今日の昼はお弁当でも買って行こう? 片付けとか、他にも色々することがあるかもしれないし」
することって何だよと突っ込みたかったが、それは野暮だろうと口を塞いだ。
紆余曲折あったが、やっとシウと先に進めるのかと思うと、胸が苦しくなって上手く息ができなくなる。
念の為に買っておいた
「でも初めてだね、ユウの家に行くの。雰囲気は実家みたいな感じ?」
「いや、もっと散らかってるかな。雑誌とか服とか、片付けが上手くなくて」
「そうなんだ。それなら定期的に来て掃除してあげるよ? 私、片付け好きだし」
健気な提案をしてくるシウに益々胸がときめく。雪村じゃないが、自分も大事にしなければと自らを戒める様に手を握りしめた。
だが、そんな時に限ってスマホに着信が鳴り響く。前回の呼び出しがトラウマになっているが、無視するわけにもいかない。
でも取りたくないと、シウは頬を膨らませながらスマホを睨みつけていた。
「——またお父さんから?」
「ううん、今度はお母さん何だけど……出た方がいいのかな?」
大した様でなければメッセージで済ませるだろうから、電話に出た時点で今日のデートは終了だと思っていた方がいいだろう。良好な関係を続ける為には出ない選択肢はないし、ユウは観念したように出ることを薦めた。
「——お母さん? どうしたの、何があったの?」
少し不機嫌なシウの声、だがどうも様子がおかしい。しばらくして真顔になったシウの前で手をヒラヒラさせたが、一向に反応がない。思わず生唾を飲む始末
そしてシウの表情もどんどん感情がなくなり真顔のまま青褪めて、最後には何度も何度も瞬きと呼吸を繰り返して懸命に自我を保とうと抗っていた。
「シウ、どうした? 何があった?」
震える彼女の肩を支えて通話の内容を伺ったが、今のシウには応えるだけの気力がなかった。ただ、よくない内容だったことだけは分かる。それも並みのレベルではない、不運な出来事が。
「ご、ごめん……ユウ。私、帰らないと」
「家まで送るよ。なぁ……一体何があった? もしかしてイコさんの身に何か起きた?」
必死に否定するように顔を振る。イコさんでなければ、もしかして未知さん? それともイコさんのご両親とか?
「あの、その……お父さんが」
「未知さん……? 未知さんに何かあった? もしかして癌が悪化したとか?」
その質問には顔を横に振ったが、更に絶望的な言葉が告げられることとなった。
「——お父さん、現場で事故に遭ったって。鉄骨の下敷きになって、意識不明の重体にだって」
未知さんが……?
まだ知り合って数日の付き合いだが、彼が良い人だということはユウも存じていたし、何よりもイコさんもシウも慕っていて、彼女達には欠かせない存在だった。そんな彼が意識不明の重体なんて、信じられない。
「どうしよ、お父さんが死んだら——! ねぇ、ユウ、私……!」
「大丈夫だ、僕も一緒に付き添うから! 一緒に行こう……な?」
きっと未知さんなら大丈夫、そう言い聞かせるように心の中で何度も何度も復唱したが、不安は一掃されるどころか募る一方だった。
震える彼女の手を握りしめながら、ユウは守岡家へと急いだ。
・・・・・・・・・・★
「お父さん、嫌だよ……死なないで? 私とお母さんを置いていかないで……?」
———最初は絶望的にしようと思いましたが、結局は即死を却下しました。重たい状況は少し続きます……。
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