第30話 正直、羨ましいと思ったよ

 その夜、雪村と一緒に行きつけのバルで飲むことにした。

 聞きたいことは山程あったのだが、久々に感じたのは穏やかで幸せそうな雰囲気。元々落ち着いた雰囲気を漂わせていた雪村だが、一層肩の力が抜けて自然な様子が見受けられた。


「実は僕もさ、永谷と一緒に飲みたいと思っていたんだ。連絡もらえて嬉しかったよ」

「そうだったんだ。それは良かったけど」


 ただ、今日は神崎さんとの話を聞こうと思って誘ったのだが、どう見ても聞き出せる雰囲気じゃなかった。

 わざわざ嫌な思い出を掘り起こす必要があるだろうか? いや、ないよな。自分なら触れてほしくない。だが気になる。


「最初、飲もうって言われた時にはこの前のことを聞かれるのかと思ったけど、永谷の雰囲気からして相談事や厄介ごとだよね? また何かあった?」

「い、いや、僕のことじゃなくて雪村のことで……」


 ユウの歯切れの悪さで悟ったのか、雪村は口をつけていたグラスを置いて頬杖をついた。


「やっぱアレ? 神崎さんの話? もしかして僕がストーカー紛いに迫られた話?」


 ヤレヤレと半ば呆れたようにため息をついて、諦めたように話し出した。雪村が神崎さんのせいで精神的に追い込まれたのは社内では有名だった話らしく、そのせいで部署まで変える始末になったとか。


「本当は僕も永谷と一緒に営業で頑張りたかったんだけど、当時はちょっと人間不信になってしまってね。ほら、神崎さんって営業としてはかなりのやり手じゃん? それと同じテンションで迫ってくるから恐くてさ。けど本人に悪気はないし、男性が女性からセクハラされるって、中々レアなケースだろう?」


 きっと自分よりも強引な迫り方をされたのだろうと容易く想像ができた。ユウの場合は最初は同意の上の偽り計画だったので自業自得の面もあるが、きっと雪村の場合は一方的だったのだろう。


「雪村もその、強引にキスされたり親に紹介されたりしたのか?」

「ん? いや、流石にそこまではなかったけど?」

「え?」


 てっきり自分以上に悲惨な目に遭っていると思い、自然と暴露してしまったのだが、されてないのか!


「え、永谷はそこまで——⁉︎」

「違っ! 無理やり、無理やり神崎さんに迫られて!」

「それって彼女さんは? シウさんは知ってること⁉︎」

「い、一応……。ってか、それを見られたのがきっかけで大喧嘩したし」

「マジかー……。永谷も災難だったんだね。でもまぁ、今は可愛い彼女が出来たから結果オーライか」


 シウの名前を出した時くらいだろうか? 雪村の様子がソワソワし始め、恥ずかしがるように口元を隠して、無駄に咳払いを始めた。


「あのさ、一応紹介してくれた永谷には報告しようとは思っていたんだけど……」


 ニヤけた口角、この雰囲気は——! 流石に鈍いと言われていたユウでも気付いた。野暮かと思って聞き出せなかったが、雪村のほうから切り出してくれるのなら有難い。


「もしかして……和佳子さん?」

「——アレからたまにメッセージのやり取りをしたりしてるんだけど、今度一緒に出掛けることになったよ」


 嬉しそうにはにかむ表情を見て、ユウは何度も雪村の背中を叩いた。

 良かった、本当に良かった! いや、和佳子の雪村に対する態度を見ていて上手くいったら嬉しいとは思っていたのだが、こんなに早く嬉しい報告を聞けるとは思っていなかった。


「いや、まだ一緒に出掛けるだけで何もないから!」

「けど雪村も満更じゃないんだろう? いいじゃん、良かったじゃん! ちなみにどんなメッセージを送り合ってるん?」


 ユウの質問にスマホを出して「こんな感じ」と見せてきた。


 和佳子からのメッセージはハートやカラフルで可愛いスタンプがたくさん。それに対して雪村も嬉しさが溢れる浮かれた文面で対応していた。

 見ているコチラの方が恥ずかしくなる。可愛い、初々しい。


「最初はさ、僕みたいなオッサンを相手にするはずないって思ってたんだけど、スゲェ良い子なんだよ。健気で一生懸命で、こんな良い子が悪い男に引っかかったりしたら夢見悪いと思って……そしたらいつの間にか」

「え、めちゃくちゃ青春なんだけど。いいな、僕らの場合はこんな甘酸っぱさを通り越して強引に迫られたから、こんな楽しい気分を味わえなかった」

「——いや、永谷の場合はゆっくり攻めてたら他の人に盗られると判断されたんだろうね。もしくは気付いてもらえないと心配されたか?」


 いや、流石にこんな甘い糖分過多な言葉を貰えたら気付く——と言い掛けたが、否定しきれずに黙り込んだ。


「それに和佳子ちゃんとよく話すんだけど、二人みたいな雰囲気って憧れるよねって。正直、色々あって恋愛に良いイメージを持っていなかったんだけど、永谷達を見て良いなって思えるようになったんだ」


 面と向かって褒められ、何て返せばいいのか分からずに口籠もってしまった。


「僕も二人のように、仲のいいカップルになれるように頑張るよ。また正式に付き合うことになったら報告するから」


 まさか一日で二件も幸せな話を聞くことになるとは思わなかった。


 このまま皆が幸せになれればいいけれど……。そう考えること自体がフラグだということに気付かないまま、ユウ達はビールと若鳥の炭火焼きを堪能していた。


 ・・・・・・・・・・・・★


「あれ、先輩? なんか俺の時と雪村さんの時と全然態度が違いません? 差別だ! パワハラだ!」

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