第29話 やっぱり先輩には渡せません
水城から相談をされてから三週間後。
あの時とは一転した表情で、実に嬉しそうな幸せな雰囲気を纏って出社してきた。
「あ、先輩ー! 聞いてくださいよ、実は実はー」
面倒臭いことになりそうだ。これは長くなるパターンだろうと判断したユウは、逃げるようにUターンをした。
「何で戻るんっスか! いーかーなーいーでー!」
「そんな可愛い言い方が似合うのは女の子だけなんだよ! 野郎に言われてもイラっとするだけだからヤメろ!」
「それなら話を聞いてくれてもいいじゃないですか! 実は先日、お見合い相手に会ってきたんっスよ!」
予想外だった水城の行動に、思わず足を止めた。あんなに嫌がっていたというのに会いに行ったのか。
「結論からいうと、俺、世界一の幸せ者かもしれないっス! いやー、小さい頃の思い出で止まってたんすけど、イトコの胡桃ちゃん……あ、胡桃ちゃんっていうのは俺もお見合い相手なんすけどね?」
「あー……、もしかして思っていた以上に良い人だった?」
「良い人ってレベルじゃないっス! すげー美人になってたんすよ! 俺、年上って興味なかったけど胡桃ちゃんに出逢って、概念が変わりました! 俺、彼女の為に生きるっス!」
———このお調子者に、お見合い前の絶望した様子を見せつけてやりたい。
もしくはこの惚気た顔に腐った雑巾を投げつけてやりたい。
「ってことで、俺も先輩よりも先に幸せになるんで、ご祝儀弾んでくださいね!」
「いや、僕が弾んだ時はお前もちゃんとしろよ? それが礼儀だからな?」
「そこは先輩の威厳を見せてやってくださいよー」
とはいえ、幸せそうな水城をみていると羨ましい気持ちも込み上がる。それと同時に良かったなと素直に祝福する気持ちも芽生えた。
水城が余計なことを言わなければそれなりにお祝いしようと思っていたのに、残念な男だ、水城。
「何だ、水城。お前もお見合いをしたのか?」
奥の部屋でリモートで行っていた店長会議を終わらせた神崎さんが事務所に戻ってきた。
シウが展示場にきたあの日、最悪な関係に陥っていた三人だったが、今は雑談くらいはできるくらいに修復していた。
「あの合コン三昧だった水城がお見合いで結婚するなんて、世の中は何があるか分からないな」
「いやいや、俺から言わせて貰えばイケメン喰らいだった神崎さんが年上の男性と結婚する方が信じられないっスからね! 昔はあんなに社員の新人を食い荒らしていたくせに」
今になって黒歴史を暴露された神崎さんは、慌てながら水城の口止めを始めた。
新人を食い荒らし……初耳だ。
「え、ちなみに誰なんかを食ったんですか?」
ユウが食いついてきたのが意外だったのか、神崎はギョッとした目で睨みつけてきた。そして面白がった水城は待っていましたと言わんばかりに話し出した。
「有名なところだと厚地さんとか、須藤さん。あとは雪村さんとかっスかね?」
「え?」
意外な人物の名前にユウは虚をつかれた。
だが、思い返してみれば納得だ。だからユウが困っている時に手を差し伸べてくれたのかもしれない。
「特に雪村さんは中々落とせないって、結構悪どいことをしたって聞きましたよ? 一体何をしたんすか、神崎さん!」
「あ、あの時の私は焦っていたんだよ! 今となっては永谷、お前にも酷いことをしたと反省している。本当にすまなかった」
正直、誤って済む問題ではなかったのだが、今は皆がそれぞれの相手と収まるところに収まったので、蒸し返すつもりは毛頭なかった。
だが雪村の件だけは、気になって後味が悪かった。
この前の和佳子との雰囲気、もしかしたら臆病になっているのは神崎さんとの過去が原因なのか?
「にしても、これで皆幸せになったことですし、良かったら皆で飲みに行きませんか? 俺も彼女について惚気たいですしー」
「おぉ、いいな、それ! 良かったら永谷も一緒に飲まないか?」
二人の話を少し気になるが、それよりも雪村の過去が気になって仕方ない。また後日飲みに行く約束をして、ユウは雪村に連絡をして会う予定を立てた。
『ん、飲み? いいよ、行こう。僕も永谷とゆっくり話したいと思っていたし』
相変わらずの態度の雪村に安心したような、少し残念な気持ちを抱きながら、ユウは通話を切った。
・・・・・・・・・★
「はぁ、永谷の奴。本当にお節介というか、不器用というか……。まぁ、僕も話したいことがあったからいいんだけど」
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