第17話 絶対に振り向かないで

 職場での一騒動も落ち着いたユウは、改めてシウの家を訪問してシウの部屋の前まで来た。

 相変わらず開かずの間と化した扉だが、それだけのことをしたんだと胸に刻んで座り込んだ。

 シウは———この扉の向こう側で何をしているだろう?


「なぁ、シウ。実はさ……この前のこと以外にも謝らないといけないことがあるんだけど、白状していいかな?」


 本当だったら面と向かって伝えようと思っていたが、この際だから伝えてしまおうと決心した。

 もしかしたら聞いていないかもしれない。とっくの昔にユウに愛想を尽かして嫌悪感を抱いているかもしれないが、それでも伝えないといけないと思っていた。


 少し躊躇いながら深呼吸をして、意を決した。


「僕さ、正直シウと再会するまで恋愛に興味が持てなかったんだ。女の人と一緒にいても興味も持てなかったし、楽しいとも思えなかった。だから試しに付き合ってみても全然ダメで、キスをしたのもシウが初めてだったんだ。いや、それどころか異性として、ちゃんと意識したのが初めてだったかもしれない」


 恥ずかしくて、誰にも言えなかった秘密。金輪際言うつもりなんてなかった告白だが、今のシウには伝えないといけないような気がしたのだ。


「けどさ、まさか親に一人息子が恋愛に興味ないなんて言えなくてさ。それで職場の上司に偽の恋人役を持ちかけられて乗ってしまったんだ。けど言ってしまった手前、撤回することも出来なくて、結局シウを傷つけることになってしまってごめん」


 その時、背を預けていたドアにドンと衝撃が走った。


「ユウ兄ちゃん、絶対に後ろを振り向かないって約束して」


 久しぶりに聞いたシウの声に気持ちが昂ぶったが、怒りを含んだ声色に気付き冷静さを取り戻した。


「少しだけ……ドアから離れて」

「———うん、わかった」


 ドアに背を向けたまま、少しだけ身体をスライドさせていった。するとピクリともしなかったドアが少し開き、シウの存在がゆっくりと伝わってきた。

 緊迫する空気、軋む床。視界の端に床に手をついたシウの手が入り込んだ。


「———ねぇ、ユウ兄ちゃん。私が……ユウお兄ちゃんのファーストキス?」


 背中の、首の付け根の辺りに感じるシウの額の体温と重さが現実味を与えてきた。

 ドッドッドッドッド……と、心拍が早まる。手汗がじわりと滲む。自然と手に力が強まった。


「僕が……記憶してる中ではシウが初めてだよ。それにキスされて嬉しいのはシウだけだ」


 シウの息遣いが聞こえてくる。

 どうしよう、また選択を間違っていないか不安になる。今度誤ったら、もう手遅れだろう。

 振り向きたい気持ちを抑えながら、ユウはグッと手を握りしめた。


 その時、脇の辺りから手が伸びて、後ろから抱きつくように絡まってきた。ギュッと服を握り締めて、背中に顔を埋めて甘えるような仕草に胸を締め付けられた。


「ユウ兄ちゃんは……私のことが好きなの? なら何で黙って帰ったの? 私……嫌われたのかと思った」

「それは———……」


 シウの気持ちを疑ったわけじゃないが、正直信じきれなかった。だってシウのような美人で可愛い子に好きだと言われても、実感がなかった。

 どこが騙されているんじゃないかって、からかわれているんじゃ不安だったんだ。


 いや、違う。ただ臆病だっただけだ。

 本気になった途端、拒まれるのが怖くて、そうなるくらいなら逃げてしまいたいと思ったんだ。


 けどそれは本気でぶつかってくれたシウに対して失礼な行動だったと気付かされた。だって、こうして抱きしめてくれている手が、指が……不安で小刻みに震えていたのだ。

 ユウは彼女の手に自らの手を重ねて握った。


「シウ、お願いだ。君の顔が見たいんだ。振り向いてもいいかな?」


 だがシウは拒むだけで、決して頷いてくれなかった。


「ヤダ、私……今、ひどい状態だから。スッピンだし、髪もボサボサ……」

「そんなの気にしないよ。なぁ、シウ。ちゃんと君の顔を見て伝えたいんだ」


 より一層強まる力。けれどその腕を掴んで、少しずつ振り向いた。シウは隠れるようにユウの背中に顔を押し付けたが、もう限界だった。

 真っ赤な顔で戸惑う顔。確かに今の彼女はスッピンで、この前とは印象が違うけど、やっぱり相変わらず可愛くて綺麗な顔だった。

 むしろ今の状態の方が好きだ。昔の名残のある面様にユウも口元が緩んだ。


「———シウ、好きだ。僕は君にキスされて、気付かされたよ」


 ユウの言葉により一層、困ったように眉を下げて顔を紅潮させた。


「き、気付かされたって、何を……?」


 化粧をしていない色素の薄い唇が言葉を紡ぐ。

 こんな様子を見せられて、気持ちを抑えられるわけがない。ユウは首を傾げて、ゆっくりと距離を縮めた。

 吐息が肌を掠める。シウの顔が緊張で強張ったのも見えた。


「待って、その、私……」

「キスをしたいんだけど、ダメかな?」


 半開きだった唇がキュッと噛み締められたが、その時シウの顔が微妙に横に触れたのが分かった。


「だ、ダメじゃないけど、その……恥ずかし」


 言葉を遮るように唇を塞いで、グッと押し当てた。モゴモゴと動く仕草ですら愛しくて、気持ちが抑えきれなかった。

 ゆっくりと、少しずつ角度を変えながら二人は長いキスを続けた。


「んっ、ユウ……っ、アッ、待って」


 ぷはっと離れた瞬間、ハァハァと荒い息遣いで呼吸するシウ。同じようにユウも息を荒くしていたが、彼女の後頭部に手を添えて唇を押し当てた。

 バランスが崩れて、押し倒すようにシウの部屋へとなだれた。

 両腕の間で涙目を浮かべる艶やかな表情のシウ。必死に顔を隠した手すら愛しい。


「もう、ユウ兄ちゃんのバカ……! こんなことしたら、私……ユウ兄ちゃんのことますます好きになっちゃうよ」


 何だよ、それ……。


「大歓迎だよ、むしろ」


 満足そうな笑みを浮かべたユウは、シウの首筋に顔を埋めるように身体を重ねた。


 ・・・・・・・・・・★


「やっと向かい合えた。やっと僕らは、スタートすることができた」


 ———っ!

 やっぱりユウシウ、甘いシーンこそ執筆が楽しいです! もうブレずに行こう、そう思いましたw

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