第14話 扉の向こうのワガママ姫

 こうしてイコさんからの支持を得たユウは、堂々と守岡邸を訪ねることができたのだが、実際に目の当たりにすると足が竦む。

 今まで異性との交際を避けてきたツケがここにきて襲ってきた。


 ご自宅訪問、彼女(予定)のご両親への挨拶。どれもユウにとって初めての経験だった。イコさんは前からの顔見知りなので緊張も何もないが、ミチさんは違う。

 本当に応援してくれているのか? 大事な一人娘をこんな軟弱者には渡さんとちゃぶ台をひっくり返したりしないだろうか?


「怖ェー……口から心臓が出てきそうなんだけど」


 そもそもシウが許してくれるのかも分からない。ユウがついた嘘のせいで怒っているのなら相当根深いものだと想像できる。

 場合によってはもう一発、いや今度は往復ビンタを喰らう可能性だってあるだろう。


 それでも逃げる選択肢はユウにはなかった。

 シウだって、本当は怖かったに違いないのに会いにきてくれたんだ。そんな彼女を傷つけたツケを今、ここで拭かずにどうするんだと自らを追い込むように鼓舞を続けた。


 だがそんなユウを裏切るかのようにイコさんとミチさんは気を遣って、家に来て早々簡単なアイサツを交わし、そのままシウの部屋のまで案内して放置してくれたのだ。


 二人して階段まで歩いてから振り返り「グッドラック」と親指を立てて。本当にいい性格してるなってツッコミ入れたくなった。


 とはいえ、本題はここからなんだ。

 ユウは床に正座をしてそっとドアにノックをした。


「シウ、あのさ……この前のことを謝りに来たんだけどドアを開けてもらえないかな?」


 どうもイコさん達の話によるとシウは部屋に篭もったきり誰とも顔を合わそうとせず、ご飯に関してはイコさんが用意してくれた配膳を食しているし、お風呂などは二人が寝静まり返ってからシャワーを浴びたりしているようだ。


 最初は怒る理由が分からなかったが、イコさんに色々指南してもらってからは少しは理解できた気がする。そもそも相手シウの立場に立ってみれば最もなのだ。


 ちなみにシウの反応はなし。

 想定内の展開だ。これからはひたすら長期戦だとうと密かに気合を入れていた。


 ユウは部屋の扉に背中を預けるような形で座り込んだ。声や音はしないもの、ドアの近くにシウがいる気がする……そんな予感がしたのだ。


「シウ、僕は本当に最低な嘘をついたね。いや、嘘をついたことよりもその後が問題だったんだけど……。シウが僕のことを好きだと言ってくれたのに、それでも嘘を突き通してしまって。ちゃんと白状していれば、こんなふうにシウを傷つけることもなかったのに」


 それでもシウはうんともすんとも言ってくれなかった。


「やっぱりこんな嘘吐き、愛想尽かしたかな? どうしたらシウに許してもらえるかな……?」


 やっぱり何もない。

 もしかしたら扉付近にいるかもと感じたのは勘違いで、今頃ベッドで熟睡しているとか?

 だとしたら一人でペラペラと熱く語って恥ずかしい奴だ。


 ユウは天井を見上げ、軽くため息をついた。だが相手の意向も分からない不確かな行動をシウはしてくれて、気持ちをぶつけてくれていたのだ。

 他に意中の人かもしれない人に、好きを伝え続けてくれたのだ。


 そう考えた時、目の前がキラキラして見えて世界がいいものに変わった気がした。


「———シウ、今……ものすごく君の顔が見たい。シウを抱きしめたくて仕方ない。シウと一緒に色んな話がしたいんだ」


 その時、カタっと僅かな物音が聞こえた気がした。やっぱり気のせいではなく傍で聞いてくれていたんだと確信が持てた。


 二人の間には厚い扉があるけれど、伝わっている気がして悪い感じはなかった。

 やっぱり彼女でないと、シウじゃないと意味がないと意味がない。


「シウ、こんな僕のことを好きだって言ってくれてありがとう。おかげで僕も……少し自信を取り戻せたよ」


 すぐすぐ許してもらえるとは思っていなかったが、やはり少し時間は掛かりそうだ。

 今回のところはこのくらいで帰るとしよう。

 最後にシウに「また来るから」と言葉を残して部屋の前から立ち去ろうとした。


 階段を降りると見守ってくれていたイコさん達が心配して声をかけてくれた。

 結果はまだダメだったが、僅かな手応えはあったことを伝えると、二人とも少し安堵したように胸を撫で下ろした。


「あの子も私の子供だから相当な頑固だろうし、仕方ないか! ユウくんも大変だと思うけど気長によろしくね」

「ありがとう。イコさん、ミチさん。また明日もきます」


 そう挨拶をして家を後にしたが、よくよく考えたら11歳も年上の男に娘を預けるなんて、すごい両親だなと感心した。


 大体シウほどの美人なら引くて数多だというのに……。


「その点も感謝して、ちゃんと誠意を持って対応しないとな」


 ユウは月冴える黒々とした空を見上げ、消えてきく真っ白な息を眺めながらシウのいる部屋を眺めた。


「……また明日、シウ」


 その声は届くことない小さなものだったが、感じた視線に対してユウは発した。


 ・・・・・・・・★


「———ユウ、おやすみ」



 次回の更新は12時05分です。

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