第11話 運命の相手———!

「やっぱ建築関係に進むなら、建築士の資格は欲しいよね。カラーコーディネーターやインテリアデザイナーの資格は取ったんだけど」

「シウの年でそれだけ取ってれば十分でしょ? 僕なんてまだ二級までしか取ってないし、宅建もやっと取ったくらいなのに」

「え、宅建持ってるんだ。やっぱりお兄ちゃんスゴいね」


 展示場のカタログを渡して、ユウはシウの案内を始めた。と言っても、特に説明するわけでもなく、二人で部屋を見て廻っているだけだ。


「んー、やっぱり寝室は広い方がいいね。キングサイズ?」

「ここはお客様に夢を見せる空間だからね。キングサイズでホームシアター付き」

「いいな、寝ながら映画が見えるのとか」


 そう言ってシウはベッドに座って「ん……」と両手を広げてきた。

 何をしてるんだ、この子。ここはユウの職場で、すぐ近くには上司や同僚が待機しているのだ。そんな危険行為をするわけがない。


「ズルい、お兄ちゃん。この前はあんなに私のことを誑かしたのに……」

「誑かしたなんて人聞きの悪い。むしろシウの方が」

「あー、そんなことを言うなら彼女さんにこの写真を見せちゃおうかなー」


 チラッと見せてきたキスの写真。その瞬間、確かにあった唇や舌の感触を思い出してユウは動揺した。

 だが、そんなユウよりも更に動揺した二つの影がドア付近にあった。


 まさかと振り返ると、中の様子を覗き見る神崎と水城の姿があった。


 いつの間に———?


「せ、先輩……! いつまで経っても朝礼に顔出さないと思っていたら、何すか! そんな美少女をベッドルームに連れ込んで!」

「そ、そうだぞ! 見損なったぞ、永谷! お前って奴はいたいけな美少女を連れ込んで、そんな卑劣な男だとは思わなかったぞ!」


 この二人ったなんか似てるなと思いながら、ユウは苦笑を浮かべながらシウの隣へと向かった。紹介するべきか?


「神崎店長、水城。彼女は僕の幼馴染の子で、守岡建設の一人娘さんです。守岡シウさん……」

「初めまして、守岡シウです。建築科志望なので、今日は勉強の為に見学させてもらっていました」


 外面満載の三割り増しの可愛さに二人とも見惚れて言葉を失っていた。

 無理もない、シウはそこら辺のアイドルやモデルよりも可愛かった。こんな可愛い子に好意を抱かれているなんて、思い出しただけで胸が騒ぎだす始末だ。


「うわっ、マジ可愛すぎ! 何すか、永谷先輩! こんな可愛い子と知り合いなら早く言って下さいよ! 俺、永谷先輩の後輩で水城廉と言います! 現在、独身彼女募集中です!」


 隠す気もない下心を満載に水城が挨拶を求めて手を差し伸べてきたが、シウはニコっと微笑んでスルーしていた。

 きっと本命はこっち……シウは神崎の前に立って勝気に見つめてきた。


 美少女の眼力に怖気つく神崎。さぁ、どうする?


「か、神崎です。永谷の上司で、いつも彼にはお世話になっております」

「こちらこそお世話になっております。あの……ちなみに神崎さんはご結婚は?」


 確信をつく質問。神崎はユウに助けを求めるように目てきたが、ユウはブンブンと手を振り継続不可をアピールした。


「ど、独身ですが、それが何か?」

「………ふぅーん、そうなんですね。素敵な方なのでてっきりご結婚されているのかと思いました」

「いや、あの、その……!」


 口籠る神崎。頼む、これ以上話をややこしくはしないでくれ! 

 そんなユウの気持ちが通じたのか、納得したシウは神崎の前から離れてユウの隣へと戻ってきた。


「すいません、ということで少しユウお兄ちゃんをお借りします」


 腕を組んで、普通の関係でないことをアピールしながら二人の前を過ぎって歩いて行った。


 波乱だ———……!

 胃が痛い……もう穴が開きそうだ。


「ねぇ、お兄ちゃん。本当に神崎さんと付き合ってるの?」


 二人の姿が見えなくなった頃、眉を顰めながら聞いてきた。いや、本当は付き合ってないんだけど。そもそもその約束も無効だから本当のことを言っても良いはずだ。


「いや、実はその話だけど、僕は」


 言い訳を告げようと動いた唇を、シウの人差し指がそっと止めて「今は聞きたくない」と呟かれた。


「お兄ちゃんって、やっぱり年上の人が好きなんだね。神崎さんとかお母さんとか……」


 マズイ、この展開は……シウ、壮大な勘違いに陥る寸前だ!

 だが、その先を言う機会を与えられる間もなくシウは踵を返して帰ってしまった。僅かに見えたその目には涙が溜まって、今にもこぼれ落ちそうなくらい張り詰めていた。


 違うんだ、違う———!


「シウ、僕はその……!」


 螺旋の階段を降り終えたシウを引き止めようと身体を乗り出したけど、彼女の足は止まらなかった。


 何をしているんだ! せっかく彼女が勇気を出してここまできてくれたと言うのに、このチャンスを活かさないで!

 ガラにもなく全力で走って、必死にその腕を掴んだ。それでも振り返らないシウの背中に言葉をぶつける。


「ごめん、シウ! 本当は嘘をついていたんだ! 本当は彼女なんていないし、今までまともに交際した経験もない! 母さんに見栄を張って交際してると嘘を言ったんだ。だから———!」

「……だから?」


 だから———君が好きだと言ってくれたことが、とても嬉しかったんだ。シウと再会して、自分も本当の気持ちを気付かされた……と、言いたかった。

 けどいざ口にするとなると、ひどく緊張して……何も言えなくなった。


「好きだ、僕もシウが好きだ」


 やっとの思いで振り絞った言葉。

 しばし訪れる沈黙———……そして、シウは踵を返して、そのままパンっ!……と、弾けるような音と痛みが頬から発せられた。


 ———なんで?


 訳も分からずシウの顔を見ると、ワナワナと頬を膨らませて怒りを堪えているようだった。


「バカ、もう知らない……!」


 こうしてユウは小さくなっていくシウの背中を見つめることしかできなかった。



 ・・・・・・・・・★


「永谷先輩、ズルい! あんな可愛い子とお知り合いなんて、ズルいズルいズルい!」


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