第10話 先輩、付き合っちゃえばいいのにー
神崎の想定外のキスに、ユウはひたすら嫌悪感を抱いていた。
何故、避けることができなかった……?
いくら咄嗟のこととはいえ、拒むことはできたはずなのに。
それと同時にシウとのキスを思い出して、やっぱり他の人とは違ったんだと改めて実感した。
「また会いたいな、シウ……」
「え、誰に会いたいんすか?」
突如、背後から声をかけられ全身に鳥肌が立った。この声は、水城!
「先パーイ、見ちゃいましたよー。神崎さんからの熱烈チュウ♡ エロいっすねー、エロいっすよ」
「水城……お前、見てたのか?」
「悪趣味なんて言わないでくださいよ? 先輩達が勝手にしてたんっすからねー?」
永谷の職場の後輩、水城。何かとユウをライバル視してくる少し面倒なタイプの人間だった。よりによって彼に見られるなんて、厄介なことになりそうだ。
「いいっすよねー、先輩は。モテモテじゃないっすか? まぁ、その見た目だと女に苦労しなさそうですもんねー。俺なら取っ替え引っ替えで遊びまくるのにー」
「僕なんかよりも水城の方がモテるじゃないか。所詮、人間は見た目じゃなくて中身だよ」
「うわー、超ー皮肉ー。どうせ俺なんて見た目の中身もないっすよ? 結局付き合ってた彼女にも振られたし、マジ最悪っすよー」
このタイミングで振られるなんて、なんてついていないんだ。だから余計に突っかかってくるのかとユウは運の悪さを嘆いた。
「けど俺、先輩達を応援するっすよ? 先輩もそろそろ落ち着いたらいいんじゃないッスか?」
「だから僕は神崎さんとは!」
「おーっと、もうすぐで始業時間になるっすよ? 先輩、急いでいきましょう?」
———どうしよう、小さな嘘がどんどんと大袈裟になっていく。こんなはずじゃなかったのにと、いつの間にか背負っていた罪の重さに気付かされた。
『ヤバい、吐きそうだ……』
ユウは口元を抑え、逆流する胃液を必死に飲み込んだ。口内に広がる酸っぱい酸の味……目の前がグルグルと回って気持ちが悪い。
「———あの、大丈夫ですか? 具合が悪いんですか?」
温かい手が背中を摩り、心配する声が耳元で聞こえた。直接脳に響いたどこかあどけなさを残すが柔らかく優しい声に、ユウの気持ちも落ち着きを取り戻してきた。
「すいません……大丈ぶ———……!」
親身になって声をかけてくれた親切な人に顔を向け、お礼を伝えようとした瞬間、ユウの思考は停止した。
そこにいたのは小悪魔の笑みを浮かべたシウだった。
「久しぶり、ユウ兄ちゃん。大丈夫?」
「な……っ、何でシウが‼︎」
「何でって、もちろんユウ兄ちゃんに会いにきたんだよ? だってお兄ちゃん、私に黙って帰っちゃうんだもん。酷いよ」
だからって普通職場にまで追いかけてくるか⁉︎
元々シウの独占欲には手を焼いていたが、まさかここまでするとは思ってもいなかった。それよりいつからここにいたんだ⁉︎
もし神崎さんとのやり取りを見られていたのなら、言い訳のしようがない。
「うん、ぜーんぶ見てた。話は聞こえなかったけど、行動は全部」
「あの、シウ……違うんだ、これは」
シウの目から
「……付き合ってるって、本当だったんだね。それなのにごめんね」
視線を落とし、しゅんと落ち込むシウを見ていると全部を否定したくなった。だがそんなのは一瞬で、すぐに戻して悪魔のような微笑みを浮かべた。
「それでもユウお兄ちゃんを想う気持ちは誰にも負けないけどね」
先に立ち上がったシウは座り込んだユウに手を差し伸べて「いこう?」と声を掛けてきた。
行くってどこに?
「それはユウ兄ちゃんの職場だよ? 大好きな人がどんなところで働いているかって、大事でしょ?」
あんないざこざがあった後に? シウの神経を疑いたくなった。ユウの仮彼女は職場の先輩なのだ。そんな人に堂々と会いに行くなんて、普通の人間なら有り得ない。
「いや、シウ! 流石にそれは遠慮してくれ! 僕にもメンツってものが」
「あー……大丈夫。一応建築科に進学希望だから将来の為に見学に来たってことで。大丈夫だよ、ユウ兄ちゃんには迷惑を掛けないから」
確かにシウは守岡建設の一人娘で、行く行くは父の跡を継ぎたいと話していたが……でもこのタイミングで?
———というのは本当に建前で、シウは黙って帰っていったユウにすこぶる怒りを抱いていた。
あんなに好きだと伝えたのに、連絡先も交換しないで帰省したことがシウはどうしても許せなかった。
「しかもあの様子なら、あの人と付き合っていることも嘘じゃないし……絶対に負けたくない。ユウお兄ちゃんだけは絶対に誰にも渡したくない」
ブツブツと呟くシウを心配しつつ、ユウは自分達の展示場に案内をした。とりあえずアンケートに記入してもらって、設備の説明を初めて行った。
・・・・・・・・★
「波乱の幕開けとしか思えない……。胃が、胃がキリキリと痛い」
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