第9話 これで終わりなんかにしないから

 それからしばらくして、ユウは住みなれたマンションへと戻る用意を始めた。帰り間際になってたくさんのお土産と餅を渡され、こんなに食べられないと文句を言いながら車に乗り込んだ。


「彼女にあげればいいのよー。ユウもね、ちゃんと将来のことを考えなさいよ? 一人は寂しいわよ?」

「そうだね、頭の隅に置いておくよ」


 一応、イコさん達にも挨拶をして帰ろうとしがた、少し離れたショッピングモールに初商いに行ったと言われ、やむなく帰ることにした。

 縁があればまた会えるだろう。

 残念な気持ちもあるが、これもまた運命だと自分に言い聞かせながらエンジンをかけて車を走らせた。


「……あ、そういやシウとは連絡先交換しなかったな」


 あれだけ振り回されておきながら、結局何の進展もなかったなんて逆に笑える。そもそも彼女がいる設定の時点で、何も起こるはずはなかったんだ。

 次に実家に戻ってくるのは、おそらくお盆の頃だろう。また半年後、その時に再会できたら———なんて、柄にもないことを考えながらユウは故郷を後にした。




 そして正月三ヶ日を終えて早速、ユウは深々と頭を下げてきた神崎さんにゲンナリしていた。


「永谷、ひじょ———……に申し訳ない! ウチの親が永谷のことをえらく気に入って」

「……いやです、その先の言葉は絶対に聞きたくありません」


 そんなユウの気持ちとは裏腹に神崎は言葉を続けた。申し訳なさそうにしつつも、どこか嬉しそうなのが癪に障る。


「何が何でも結婚しろ、何なら首輪に括りつけてでも逃すなと、こうして首輪まで渡された始末なのだが」

「誰がつけるかよ、そんな首輪! 人権、僕にもちゃんと人権あるんですからね!」


 やはりというか、案の定というか……頭が痛くなる結果に、永谷は酷く後悔していた。一時の楽さに逃げた結果だ。自らが招いた結果だが、百害あって一利もなかった。


「だがな、永谷! ウチの実家は代々大地主で、土地も不労働収入もたんまりあってな?」

「その金をアピールして婚活すれば、あっという間に結婚できますよ! 僕はしないですけどね」


 そんなー……と落ち込む神崎を可哀想と思いつつ、下手な同情を見せると最後まで付け込まれてしまうので情けは無用だ。

 自分に少しでも感情が湧けばいいのだが、こんな自分と付き合っても神崎さんも不幸になるだけだ。


『申し訳ないが神崎さん相手じゃ、勃つ気がしない……』


 正確にはシウ以外には———……だが。

 実に何年振りかに覚えた興奮。よく考えれば二度と訪れないかもしれないチャンスを、なぜ活かせなかったのだろうと後悔が込み上がる。もうすぐで三十路になるというのに、何をしているんだろう。


「なぁ、永谷……! 頼む、ウチの親に挨拶だけでも……」

「当初の通り別れたって言って下さい。僕も家族達には別れたと伝えますから」

「そんな殺生な! 頼む後生だ、ウチの親に……!」


 すでに面倒なことに巻き込まれているのに、これ以上の揉め事は遠慮願いたい。だが何故か神崎も一向に引かない。きっと彼女は今回のことで味を閉めたに違いない。そう『永谷は押しに弱い、押せば大抵のことは押し切れる!』


 そして結婚まで一直線に行くぞ、と———!


『いってたまるか! これ以上はダメだ!』


 ダメだダメだダメだ! こればかりは神崎さんが何と言おうと断固拒否だ! 自分で蒔いた種だからこそここで終止符を打たなければならないのだ。


 だがムキになっているユウに対して、神崎は悔しさに耐えるように下唇を噛み締めていた。

 その表情を見ると、まるでユウが悪いことをして責められているようで胸が痛んだ。


「……何でた、永谷。お前には彼女がいないんだろう? それなら私と付き合ってくれてもいいじゃないか。仮でいいから……恋人らしいことはしなくてもいいから」


 女性の涙というのは、いくつになっても胸を痛めさせる卑怯な武器だ。だがそれは神崎の立場だからいえるセリフなんだ。きっと彼女も逆の立場なら拒否していたに違いない。


 そうだよな、きっと曖昧なまま答えるからいけないんだ。ハッキリと断れば彼女も納得してくれるかもしれない。

 ユウは覚悟を決めて、事実を伝えようと強く手を握りしめた。


「———すみません、神崎さん。実はこの帰省で……気になる人が出来て」

「……そうなのか? え、その人のことが好きなのか?」


 その時に脳裏を過ったのはシウの顔だった。好きと言っていいのか分からないが、今一番気になる女性には違いない。もう会うことはないかもしれないが、次に会う時には偽りない立場で会いたい。


「その人も僕に対して真っ直ぐに気持ちを伝えてくれたので、出来れば自分も真剣に向き合いたいと思っています」


 ユウの想いを察したのか、神崎もグッと感情を堪えて顔を上げた。

 良かった、分かってくれたのかもしれない。


「———ってことは、私も気持ちを伝えればいいのか……?」

「え?」


 ボソッと呟かれた言葉。その後強引に距離を詰められ、いきなり後頭部を掴まれて『ブチュゥゥゥゥゥ———!』っと唇を奪われた。


 な、なんだこの色気のないキスは⁉︎

 真っ白になった思考を必死に動かし、突き放した時にはもう手遅れで。口角の涎を拭いながら神崎が宣戦布告を言い渡してきた。


「私は諦めないからな! 永谷、お前を必ず落とす!」


 ———いやいや、何でそうなる⁉︎


「僕はちゃんとお断りしたじゃないですか!」


 だがユウの嘆きは届くことなく、神崎は意気揚々と展示場の中へと戻っていった。


 ・・・・・・・・・★


「諦めなければ……! そう、諦めたらそこで試合は終了なんだ!」


 ———彼女は……諦めのお悪い女、神崎のようですね。

 次回の更新は12時05分です。気になる方はフォローをよろしくお願い致します。

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